千原英喜「方丈記」「歌垣」


今月23日の京都公演では、千原英喜氏の作品より「方丈記」と「歌垣」の2曲を演奏いたします。

●混声合唱のための「方丈記」
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」の冒頭で始まる『方丈記』。鎌倉時代初期に鴨長明によって書かれたこの作品は、日本三大随筆の一つといわれており、この世の無常や人の命のはかなさ、晩年の庵での閑寂な生活などが描かれています。
下鴨神社の神官の子として生まれた長明は、和歌や琵琶に優れた人物でしたが、神職に就く希望が果たせなかった失意のためか、50歳頃に出家し、晩年に居住した日野の庵でこの作品を書き上げたとされています。

第一曲と第二曲、第四曲は『方丈記』の序盤の部分を、そして第三曲は長明の和歌より三首を選んでテキストとしています。
また、第一曲と第四曲に出てくるアルトとテノールの16分音符のパッセージは、初演時チェロのオブリガート付であったものです。琵琶の演奏からひらめきを得た音形で、とうとうと流れて行く河の水の織り成すさまを表しています。

千原氏は、まえがきで「鴨 長明の方丈記にみられる、孤高の中で厳しく自己を照観し、無常の世に普遍性を問う姿勢は芸術家の精神そのものだろう。」と書いています。
ただ無常感に浸るだけでなく、怒りやユーモア、世俗への執着心などといった感情をもすべて含んだ、熱くダイナミックな音楽の世界が広がっています。

●小倉百人一首より「歌垣」
歌垣とは、古代、若い男女が集まり、互いに歌い踊り交わし求愛する風習を言います。百人一首をテキストとしたこの曲集では、「京都の寺院の境内や茶庭の露地に見られる、竹で編んだ色々な形の垣根のイメージ」とまえがきで千原氏が述べているように、男声合唱・女声合唱・混声合唱と編成を変え、時にロマンティックに、時にクラスターの不協和音や謡曲のようなヴィブラートを用いながら、さまざまな恋の歌を垣根のように重ねていきます。

日本の古典文学のことばの美しさと千原氏の情熱的な音の世界を、ぜひお楽しみ下さい。


―□■コレ・マガ■□ 第453号(2010.9.10発行)より転載

【2010/09/16】