カンタータ<洪水>
   ―ギルガメシュ叙事詩・第十一の書板「大洪水の話」より


来る現代音楽シリーズでは、千原英喜氏の新作「カンタータ<洪水>」が初演されます。「ギルガメシュ叙事詩」の中でも有名な大洪水の話をモチーフに、神話の世界が、千原氏の音楽によってドラマチックに語られます。

今月発行の「シュッツの会便り」に、この曲について、団員の原田匠彦さんが書かれた記事がありますので、ご紹介させて頂きます。

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(シュッツの会便り2010年10月号より転載)
                          テノール:原田匠彦

王が亡くなった。残された者、王の武勇を語る。それは子へ孫へ語り継がれ、尾ひれがつき、磨きあげられ、やがて王は神のごとくなり、武勇は伝説となる。

ギルガメシュ叙事詩は、紀元前2600年頃、古代メソポタミアの都市ウルクに実在したとされる、ギルガメシュ王の半生にまつわる物語。この物語は彼の死後2000年以上も語り継がれ、その間に嘘か真か分からぬ話も含められ、あるいは他の説話と融け合ったり、言葉が言い換えられたり削られたりしながら洗練されてゆき、主人公ギルガメシュ王は、いかなる困難をも恐れず神さえも打ち負かす、半神半人の偉大な勇者となったのである。

 今回の演目「洪水」で取り上げるのは、この物語の終わりの部分。ギルガメシュはこれまで労苦を共にして来た無二の伴侶エンキドゥを病で失い、大いに悲しむ。そして自らもやがては死ぬのだということに気付き恐怖に襲われるのだが、はるか西方に、永遠の命を獲得したという「ウトナピシュティム」なる
人物がいると聞き、それではその方法を教えてもらおうと、野越え山越え海を越え、幾多の困難をたった一人で乗り越えて、会いに行ったのだ。ウトナピシュティム、初めは訝しがるが、ギルガメシュの願いに負け、自らの身の上を語り出す…

「私はかつてユーフラテスの河辺の町シュルッパクに住んでいたのだが、ある日、エア神より『方舟を作り、生命を求めよ。生きとし生けるものの種を舟に積め』と聞かされ、その通りにしたのだ。やがて大洪水が押し寄せ、それが六日七晩続き…」

 お気付きの方もおられるかと思います。これは旧約聖書の「ノアの洪水」と非常に良く似た話であり、またギルガメシュ叙事詩をここまで有名にした部分であると言っても過言ではありません。
 
 次に、千原先生が、これをどのように音楽で表現しておられるか、ごく簡単に触れて行きましょう。

第一章:ギルガメシュとウトナピシュティムの対話。
合唱による語りと、それを盛り上げる弦楽、オルガン、鐘の音。特に洪水を語る部分は圧巻。

第二章:エア神の、ウトナピシュティムへの忠告。
どのような方舟を造るのか、そして町の民や兵士には何と言っておけば良いか、かなり具体的に言ってくれているんですね。親切な神様。洪水計画は、実は神々の間では極秘事項だったのです。しかしあまりにも気の毒に思ったエア神はウトナピシュティムのお家に密告する。この部分の音形は、「カルミナ・ブラーナ」を思い起こさせる、緊張の止まない表現。

第三章:方舟の建造と、竣工の宴、乗船。
明るく、そして明日への希望に満ちた音楽と、やがて来たるべき天災の予兆。

第四章:時来たりぬ。
次第に恐しくなる空の様子を、重いリズムと音形で表現。

第五章:洪水押し寄せる。
十二声部の合唱・弦楽・オルガン・打楽器を総動員し、洪水の様子をここまで出来るかと思うくらいに見事に音で表現しています。息をもつかせぬ大迫力。

さて、このあとはどうなるのか… 残念ながら、ここでは語れません。続きはどうぞ、演奏会の方にいらして下さい。

【2010/10/26】