楽器ミュージアム


ファゴットについて

渡邊 悦朗

皆様は「ファゴット」という楽器に対して、どの様なイメージをお持ちでしょうか。
どんな印象を持たれても自由ですし、またそれぞれのファゴット観が真実であるといえます。
そこで今回は直接ファゴットの手綱を握る私達の角度から見ていただきたいと思います。

 まずこの楽器はとても大きく、重い(自宅のヘルス・メーターで計ると3kg以上も ありました。)ので、持ち運ぶときは分解します。
口に近い方から
(1)リード
(2)ボーカル(カーブした金属の部分)
(3)テナー・ジョイント
(4)ダブル・ジョイント
(5)ロング・ジョイント
(6)ベル、
そして右手を支える(7)ハンド・レスト
という様に大小7つのパーツに分かれます。
そして息の流れとしては、リード、ボーカル、テナー・ジョイントと始め楽器の下の方へ向きますが、ダブル・ジョイント(一つの木材に2本の管が平行して通っているので、こう呼ばれます。)の底で何とヘアピン・カーブをして今度は反対に楽器の上へ向いてロング・ジョイント、ベルへと流れます。
ですから管の全長は見た目の2倍、約2m60cmにもなります。
 そして管は入口から出口に向かって少しづつ拡大しているので「円錐管」と呼ばれ ます。

 よく色んな人達から「ファゴットとバスーンとは同じ楽器なのですか?」と質問を 受けます。この答えは少々ややこしいので順番にお話しします。

 モダンのファゴットには(1)ヘッケル式(ドイツ式)と(2)ビュッフェ式(フラ ンス式)という全く指づかいや音色の異なる2種類のシステムが存在します。
 まず日本国内では99%以上がドイツ式(私の知る限りプロのプレイヤーでフランス 式を吹いているのは日本フィルの小山清氏の1人だけです。)
 世界に目を向けても、フランス式はフランス国内を中心に、かなりの少数派で、フ ランスを代表するパリ管弦楽団でさえも全員がドイツ式を吹いています。
 そしてフランスではドイツ式を「ファゴット」、フランス式を「バッソン」と呼び 区別しています。それだけなら簡単なのですが、アメリカやイギリスといった英語の 国ではドイツ式のことをバスーン(英国ではバズーン)と呼びます。
 結論として日本ではドイツ式をファゴット(伊語)またはバスーン(英語)と呼び 、フランス式をバッソン(仏語)と呼びます。ちなみに「ファゴット」とはイタリア 語で「薪の束」という意味です。

 音域は通常は3オクターブ半ぐらいでしょうか。
最低音のBはだれでも同じなのですが、最高音は奏者によって異なり、私自身は鳴らすだけならg’’’まで鳴りますが、音楽的にはd’’’ぐらいにしてもらいたいものです。
 参考までに今まで私が人前で吹いた曲の中ではラヴェルのピアノ協奏曲、サン・サ ーンスのファゴット・ソナタのe’’’の音が一番高い音です。
一般にファゴットは「低音楽器」「バス」というイメージが強いと思いますが、実際 には、この様に「テノール」や「アルト」の音域もカバーしています。
そして、たしかに低音も重要なのですが、私達ファゴット奏者の演奏する快感や自由 度としてはむしろ「テノール」の楽器なのです。

 古今の作曲家がオーケストラ、室内楽、ソロ等でファゴットをうまく使用できてい るか否かは、意外にそのあたりにある様です。
 あくまで奏者側から見たファゴットを上手に使った「書き屋」としては、ヴィヴァ ルディ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ヴェーバー、チャイコフスキー 、ストラヴィンスキー、サン・サーンス、ラヴェル、プーランク、フランセなどでし ょうか。
反対に、ほとんどのファゴット奏者が「あれは面白くないね!」と口をそろえて言うのは「ブルックナー」です。

話はかわりますが今、神戸市立博物館において「オルセー美術館展」というのが行わ れていましたが、そこにエドガー・ドガの描いた有名な「オペラ座のオーケストラ」が展示してありました。
この絵はドガが友人のバッソン(フランス式)奏者の。「テジレ・ディオ」を中心にフルート奏者のアンリ・アルテや作曲家のアルベール・ルーセルなどをオーケストラ・ボックスのクローズ・アップといったアングルで描いています。
 音楽好きのドガは、この友人のディオのおかげでオペラ座通いする様になり、ディ オの方はドガというすばらしい画家の友人をもったおかげで、自分の演奏する姿を名 画の中に残してもらえたのです。
パリのオペラ座は今でもフランス式の楽器を使っており、このディオの吹く楽器もはっきりとフランス式だとわかる細かい描写です。
 ステージの踊り子の足もとを上の方に少しだけ描き、オケ・ボックスのバッソン奏 者をクローズ・アップさせた絵は何となく、宝塚大劇場のオケ・ボックスでファゴッ トを吹く自分を見る様な、私にとってはとても印象的な絵です。皆様もチャンスがあ れば、ぜひ見て下さい。(つづく)

【ファゴットの項  終わり】


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