No.666 '09/08/05

「サービス」とは?


「東京合唱講座」を終えて箱根に行くことにしました。
帰阪してからのスケジュールも詰まっていて、今回は直ぐに帰ろうかとも頭をよぎったのですが、やはりさすがに疲れていたようで帰るに帰れず、また遠出もままならずといった具合で近場での休養となりました。
東京に来てのお宿探し。スタッフの何人かがPCをフルに使って場所探しをしてくれました。(ほんと感謝です)
体調はすこぶる快調だったと思います。
ただ、疲れた! そういった状態です。
体力回復(充分な睡眠)と気持ちのリフレッシュ(緑の多い場所での癒し空間)ということで「箱根」に出掛けました。

「箱根」ではなく、もう少し体力があればいつもの「上諏訪」まで出掛けるところでした。しかし今回はその理由(体力)だけでなく何となく出掛ける気持ちが弱まっていることに少し気づいていて、まさか訪れた「箱根」でも《問題は同じ》だったということに実は驚いています。
有名な観光地が全てそうだという理由だけで片付けたくない私としては、なにか共通点があるようだと考えたわけです。
好奇心旺盛な私です。いや、本当に疲れを取りに出掛けたいだけの願いですね。

何があったのか。それは「サービス低下」です。
あるいは「サービスの取り違え」なのか「悪しき居直り」そして「鈍感」(きつくてスミマセン)ですね。
そしてその根っこにある「○○○○○」ということでした。
「○・・・・」の中に入る漢字についてはこの後に。

東京を出て箱根湯本へ。そこで一泊です。
急の予約ということもありますし、連れもあって(明子さんと幾人かのスタッフ)予算的に厳しくないような条件で選んだようです。
「安い〜は悪かろう」というようには考えたくもなく、これまでにも「安い〜しかしとても良い」ということを経験している人たちですし、インターネットの書き込みもそう悪くなかったようでその旅館を選びました。(その名前はここでは敢えて書かないことにします)
何があったかということなのですが・・・・・。
まず、部屋に一応ノックはするものの部屋に強引に入ろうとの強い意志を感じます。(笑)
夕食時に布団を敷くというサービスがあります。しかし敷くための場所確保のために荷物の置き場が変に変わっています。布団を敷く場所が優先されているのですね。
布団の向きは私が決めたいですね。場所もできれば決めたい。荷物には簡単に触れられたくはありません。しかしそれらの余裕を与えてはなるものかとばかり(笑)決められてしまう風です。

まだ私などちょっと年を取っていますし、先生と呼ばれていますし(笑)、何者か判らず怪訝そうに見られますからまだましなところもあるのですが、連れなどはいいようにされるケースがあるようです。(でも私の連れはしっかり意見を言いますし、要求もします。ある時は抗議もします。らちがあかなければ喧嘩もします。恐いです。(笑))
今回は抗議も喧嘩もなかったですが、ちょっと「げんなり」です。
帰る時もあったようですね。巡回バス(一人100円)の利用のことなのですが、帰る時間帯では満席状態になるかもしれないとの情報、気を利かしたメンバーはタクシーを呼ぶことに。
しかし、来たバスは「ガラガラ」(笑)、まぁこれは仕方ないこととしても良いのですが、その情報について旅館側は知らんぷり。つまり言った人は情報を確認もせず、また宿側もその後の事情には誰も関与しないのですね。(一言声を掛けるだけでも気持ちは助かったと思うのですが・・・・・)
「ニヤニヤ」した顔だけが印象に残ります。(こりゃ「ダメだ」なんですね)

商売の町「大阪」。サービスはともすれば過剰気味(笑)。客に対して平身低頭して、なんてイヤですがもう少し客の身になって仕事ができないものかと思ってしまいます。
要は〔旅人の疲れを癒す〕というところに立脚して欲しい、これなんですね。
もう、ほとんど宿側が「仕事がし易いように」「できるだけ簡単に」「いつものように」「決まったことにして繰り返し」状態です。

さて、宿を後にして箱根方面へ。
ここでも会ってしまったのですね。「サービス心の欠如」に。
時間も無かったので、そしてゆったりとのんびり時間を過ごしたかったので山の上には行かず「強羅」駅で下車。近くの公園に入りました。
有名な(だそうです)「強羅公園(ごうらこうえん)」です。
その由来も知らずに入りましたが結構気に入りました。小さな公園です。しかし植えられた花といい、その佇まいは好みです。

鳥も居ます。人間を怖がらず近づいてきます。しばらく楽しませてくれました。

箱根「強羅」公園内

バラ園や植物園などもあってその「日本初のフランス式整型庭園」にしばし和んでいました。
下の写真は「マスケラード」という花だそうです。
花の説明に「1949年作出」と書いてありましたから、私が生まれた年にこの花の品種が作り出されたのですね。何故かしら親近感を持ちます。(笑)

箱根「強羅」公園内(マスケラード)

で、食通の小野がハーブティーに興味を持ったらしく園内の喫茶館に入ろうとの提案。私も賛成、入ったのですが・・・・・。
我々は5人。テラスにあるテーブルは全部(だったと思うのですが)四人掛け。
店の人は店内の長テーブルに案内しようとします。そこだと余裕のスペースです。
しかし、中は薄暗い上に風が通っていない状態。話もしづらくちょっと考える私。
やはり外に面してるテラスでのお茶が飲みたいと思ったのですね。
しかし、店の方は頑として四人掛けだから座れないと仰る。
一つ椅子を増やすと狭くなって通れないからと強く拒みます。
確かに少し狭くなるのですが、場所によってはそう無理なことでも無いと私は判断しましたからメンバーと店のやり取りを少し聴くことにします。
メンバーは色々と可能性を探ろうとします、しかし店側は頑として受け付けません。話しぶりは決して高圧的では無いのですがそれがかえって冷たく聞こえます。
「これはだめだ」と判断した私は外へと。皆も残念そうに、そして対応の硬さに心も疲れて外へと出ます。
もちろん、出るときには店側の言葉はありませんでした。無言で何ごとも無かったかのように店の中へと入っていきます。
出てからも少しはこちらを気にしているのでは、と思った私は甘いのでしょう。本当に何も無かったように静かです。
出るとき「(希望に添えなくて)スミマセン」の一言でもあれば。気持ちよく諦めることもできたでしょうに。
私に言わせれば、「何も考えようとはしなかった店のスタッフ」としか映りません。店側に合わせてもらう、これがこの館の統一された見解なのでしょうか。
(この館には他にもっと大きな理解できるものとしての約束事があるのかもしれませんが。あれば是非教えて欲しいと好奇心旺盛な私は思います。)

私が受けた教訓です。
「コミュニケーション」が大切ですね。言葉を発しましょう。言葉こそが対立を和らげます。そして理解を深めます。
宿でも喫茶館でも言葉のやり取りがありません。判で押したような言葉を繰り返すのみ。言葉が不毛です。
そして今回共通していることに「年代」がありました。
経験の浅い若者だと、そう教えられてと理解もできるのですが、今回は年輩の方、初老の方です。
人生の甘いも辛いも知っている年代。何が大切か識っている世代。それがこの対応です。
でもよく考えると、この方達が育てた子どもが私の子どもの世代と同じ、かそれより少し上。とすると「さもあらん」です。(笑)

客も嫌な客が多いかも知れませんね。(笑)
「わがまま」とか。「横暴」とか。
まぁ、それにしても店はやはり「客商売」、客があってのお店です。「サービス」は必要だと思いますね。少しの思いやり、少しの心が通う言葉でいいのですから。
良い客になるのも必要ですね。
大人しく店の言うことを聞くだけでは良くなりません。要求をハッキリ言葉にしましょう。不快なことは「不快」と告げましょう。
そしてその分、少しでも感動することがあればそれを声高に伝えていきましょう。そのお店がもっと良く思われるように言い伝えましょう。「ともて良かったよ!1度寄ってみれば」って。

さて、最初に書いた「○・・・・・」の中の漢字です。
それは「責任者不在」、あるいは「指導者不在」でした。

宿でも感じました。そして公園でも感じました。
皆が普通なのです。働く場所に「普通」はないと思う私です。接客するわけですから。〔「仲良し仲間」的な運営は問題です〕
普通ではない場所、それは責任者がそこに居るということです。
しかし誰が責任者か判りません。
そしてだれが店のポリシーとしての事柄を指導しているのか判りません。
責任者の顔が見えないのです。
皆が同列、皆が顔を伺いながら仲良しグループになる。
これは「無責任」だということです。
そこに「満足」「充足」は有りません。

有名な観光地。人が大勢集まるところ。これは良いところが有るから人が集まります。しかし、余程努力を重ねないと退廃が、衰退が襲ってくるというのが歴史の流れです。
有名でなかった頃、興し始めの頃は良かったのですね。良くなった時から、それに便乗するものが現れたときからその努力(良いものを保つ)が必要になってきます。
私が「有名どこ」「流行」に反抗するように振る舞うのはその「懐疑性」からですね。
帰阪の途中でメンバー達に話しました。
「大阪コレギウム・ムジクム」は「良いサービスに努めようね」っと。




「マイヌング」のような文章になってしまいました。(笑)
その「マイヌング」には来年の「アンサンブル・コンテスト」、そして東京での「新合唱団」創設について書きます。



No.666 '09/08/05「「サービス」とは?」終わり