八重山毎日新聞社コラム

「やいま千思万想」No.83


【掲載:2016/08/04(木曜日)】

やいま千思万想(第83回)

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 当間修一

無理解と孤独の世界から発せられた言葉に感動

 指揮者にとっての楽しみは、何と言っても新しい曲に出会えること。
私のように新作をステージにかけることが多い者にとっては、この新しい世界を体験できる事が何よりも嬉しく楽しい。曲の様式や、リズムやメロディーもそうですが、同時に、詩の世界、詩の魅力をも体験できるからです。
 この秋に東京で演奏する曲目の中に、詩集「あなたが最期の最期まで生きようと、むき出しで立ち向かったから」より4篇選ばれての組曲「ざんざんと降りしきる雨の空に」を演奏するのですが、この詩に強く感動しました。というか、読みながら、詩人の心の中に渦巻く彼の孤独感に涙が止まりませんでした。
 詩人の名は須藤洋平。2007年に中原中也賞を受賞しています。
1977年、あの東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町(旧志津川町)に生まれ、小学四年生頃から神経の病気トゥレット症候群、そして様々な合併症と闘いながら大震災後も在住し、南三陸町の海辺から悲痛な生(せい)の言葉を紡いでいる詩人です。
彼自身は津波を直接には体験していないのですが、その惨状を見て辛辣かつ赤裸々に言葉を綴っていきます。
人間としての葛藤の吐露、自画像であり、そして被災者への鎮魂歌です。

 受賞作の「みちのく鉄砲店」に次のような一節があります。 〈家を飛び出し、堤防から海に飛び込んだ/夢中になって小さな岩場まで泳ぐと仁王立ち/周りを見渡すと何もない/黒い海にぽつんと「障害」という孤独が際立った。/芸術なんだ!僕の身体は芸術なんだ!/それがその時の僕の唯一の逃げ場だった〉薄暗い便所の中で見つけた一際大きく、力強く書かれた「今は孤独とじゃれあえ!」との落書き。〈それは間違いなく中学校の頃、僕が書いたものであった・・・/僕は便器を舐めながら誓った。いつだってしぶとく生き抜いてやろうと〉
身体をえぐるような言葉。怒りと悲痛に満ちた強烈な表現。それは自身が受けた無理解による誹謗中傷と向き合った孤独の世界です。
 その須藤洋平氏の詩に曲を書いた作曲家がいる。
作曲家、寺嶋陸也氏が音を描く。その斬新な音とリズム、そしてハーモニーとともに流れる音楽が新しい魅力に溢れて、須藤洋平氏の世界に新しい光をあてるかのように描かれる。
指揮者にとって、嬉しいときめき。楽譜を初めて開いた時の印象です。
いつの世にもある弱者への攻撃。弱者は暴力に震え、凍りつく空気に萎縮し、生きようと喘ぎもがき、怒りの中にあっても平安を望み、生きる希望を見出そうとする。
その世界を音楽はどう表現するのか。

 世界の情勢を見ても悲惨な事柄が続いています。殺戮が繰り返されています、この日本でも・・・。
本土の相模原で起きた残虐な事件。それは弱者に対する暴力、それも死を与えるという残忍極まりない行動としての現れ。
人間誰もが持っているとされる残虐性が最も悪い形で現れたものです。
しかし人はそれを超え、愛に生き勇気をもって生き抜く。そう強く考えさせられる音楽と詩との出会いでした。





戻る戻る ホームホーム 次へ次へ