八重山日報コラム

「音楽旅歩き」No.49


【掲載:2015/02/22(日)】

音楽旅歩き 第49回

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者  当間修一

【ハーモニーを作り、楽しむ合唱で人生を豊かに】

 最近のテーマとして、ベートーヴェンとバッハの音楽を聴くことをお薦めしていますが、ちょっとそれを一休みして今回は「合唱の魅力と実践」のお薦めを書いてみたいと思います。
このテーマ、「合唱」を取り上げて石垣島のもう一紙のコラムでも書いたのですが、それとはちょっと違った視点で書きましょう。

 さて、八重山の音楽は基本として一人で演奏されるものですね。
合奏や合唱と呼ばれる様式のものではありません。
例え三線や太鼓を伴って数人で演奏することがあっても、基本は一つの旋律(メロディー)です。
 合奏や合唱は複数の旋律によって成り立っています。そのことで生まれるハーモニーなのですが、それは二つ以上のメロディーだからこそ重なり合って響いたものです。
合奏や合唱の魅力はこのハーモニーを作り、楽しむことにあります。
ただこのハーモニー、どのようなメロディーであっても重ねればハーモニーとして成り立ってしまうので、それをどのように作るかが問題なのですね。
要は演奏の結果としてそれが美しく響いていると感じるものか、それとも騒がしく耳障りとして感じるものかなのです。

 美しいものは整っているといってよいでしょう。
美しくないものは整っていないということだと思います。
(人間の未来にはこの整っていないものを「美」と感じるかもしれません。人によっては「整わない」こともまたハーモニーとして感知します。それを違った価値観として評価するのかもしれないですね)

 合奏や合唱で大切なのはこのハーモニー作りの「合わせ」であってそのために人数が問題です。
普通、演奏する人数が多ければ「合奏」や「合唱」だと思われているかもしれないのですが、厳密に言えば(ヨーロッパ諸国が生みだした音楽では)音楽の表現が整っていることが大切な条件です。
音質・音色が同じであるとか、入りは揃えられて一緒であるとか、リズムもまた揃えられて刻まれているとか、とにかく「合わせる」ことが求められます。

 人数の少ない方が絶対に合わせやすいですね。
ですから美しくもなりやすいです。
ただ、人数が少ないとちょっとしたミスをも露(あら)わにしてしまうことがあって、それを回避するために高度な技術を必要とします。
人数を少なくということは究極のところ、〈一人芸は名人芸となる〉となってしまうかもしれません。
 多人数での演奏ではどうでしょう。
少人数に比べて「合わせる」ことは桁外れに難しくなります。
しかし歌うことの自由度が桁違いに増えます。
暴走気味の自由もありますが、「合わせる」ことから解放されてのパフォーマンスは大きなエネルギーの塊(かたまり)となることもまた確かです。美しさは遠のいてしまうのですが。
 そのような合唱ではありますが、敢えてお薦めしたいですね。
先ずは少人数からでも多人数からでも始めてみると良いと思います。
合唱で人生を豊かにしてきた人を沢山私は知っています。
是非とも体験を!





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