No.97 '97/8/18

憧れのケストリッツ


ドイツでの最初の演奏会を好評のうちに終わり、ライン下りも経験した我々はいよいよハインリッヒ・シュッツの生家であり、またそれを記念して現在博物館となっているケストリッツのシュッツ・ハウスに出掛けることになります。

フランクフルトに続いての宿泊はイエナという町です。ここを拠点としてゲラ、ケストリッツ、及び周辺の町を訪れるという計画を立ててくれました。
フランクフルトを発った我々はバスで一路イエナに向かいます。
途中でバッハの生地アイゼナッハ(始めここでの演奏会が決まっていました。初めて証すのですがこの計画はさまざまな思惑や駆け引きがあって延期ということになったのです。結果、来年私たちは招待されることになりました。)を車窓から眺めながらイエナに向かいました。

アイゼナッハにも立ち寄りたかったのですが、時間が無く残念でした。

チューリンゲン州のイエナは大学町。歴史ある町です。
我々はルター広場にあるホテル 「シュヴァルツ・ベーア」 に到着しました。

シュヴァルツ・ベーアとは日本語で「黒い熊」。このホテルの歴史は古く、あのドイツ宗教改革者マルティン・ルターが1522年、最初にイエナに訪れたときに泊まったと記録が残されています。また私が泊まった部屋は唯一道路に面してバルコニーがある部屋で(写真の中央のバルコニーがそうです)、ホテルの中でも特別の部屋だそうです。なんとこのバルコニーからは集まった群衆に向かってあのビスマルクが演説したそうです。
ホテルで少し休憩し、レセプションが行われるケストリッツへと向かいます。
高速道路に乗って40分ぐらいでしょうか。渋滞にあったものの(旧東の道路は狭く、すぐに渋滞するそうです。町並みの改築工事とならんで道路の工事も結構遭遇しました)無事憧れのケストリッツに到着です。

この通りは「ハインリッヒ・シュッツ通り」と名付けられています。そしてこの手前にシュッツ・ハウスがありました。

 

 

これが一度は訪れたいと思っていたシュッツが生まれた家です。
写真で印象深い「金の鶴」もありました。

ドクター・シュタインさんが出迎えてくれました。(左はクランさんです。)

感激でした

皆さんはケストリッツという小さな町(村かな?)をご存じなかったかもしれません。
(最近では黒ビールで有名です。名前は「ケストリッサー・シュヴァルツビアー」と言います。日本でも飲めるのではないでしょうか。ドイツでも有名となったこのビアーの工場がシュッツ・ハウスの近くにありました。また我々のスポンサーの一つでもあったことからこのビアーを私たちのためにと100缶頂きました)
私にとってはシュッツの文献を読んで以来憧れの場所でした。今回このように訪れることができたのは本当に嬉しく思います。日本から公式訪問をしたのは我々が初めてだそうです。
世界中のシュッツの演奏団体や研究者も行きたくてもいけなかったのですね。東ドイツだったのですから。
シュタインさんは盛んにおっしゃっていました。「私たちも世界に向けて発信したかったのです。しかし政治的にそれは叶わなかったのです」と。
これからはシュッツの音楽研究の大事な拠点の一つとなっていくことでしょう。

この後我々はレセプション会場へと移動しました。
そこでは心温まる、そして幾つかの印象深い言葉に出会いました。
その報告は次回とします。

 

'97/8/18「憧れのケストリッツ」終わり