No.150 '98/5/2

’うらやましい’響き


昨日の朝(5/1)、NHK総合テレビで興味あるドキュメンタリーを観ました。
「新 アジア発見」というタイトルで、台湾のブヌン族の<合唱>を取り上げていたんです。
25分という制限された時間内ですからあまり詳しくは無かったのですが、彼ら達が歌う<響き>に色々と考えさせられてしまいました。

数千年にわたって伝えられてきた彼らの響き。
それは彼らたちの生活のあらゆる場面で歌われ続けていた響きです。
山々の神に捧げる歌、収穫の歌、祝い歌など。
その響きは独特です。

歌のリーダーが歌い出すと、それに合わせて人々がハモリ始めます。
ヨーロッパの響きに慣れ親しんでいる我々には奇異に聞こえるハーモニー。
それは音と音とがぶつかる、軋むハーモニーなんですね。
リーダーの声に対して、半音や半音のまた半音というピッチの<響き>でハーモニーを作っていきます。
これは<聴き合う>ことが絶対条件のハーモニーづくりです。
協和や、不協和を楽しんでいるかのようですが、彼らにとってはその軋んで聞こえるハーモニーそのものが全人格的なものなんだと思いましたね。

ロックを演奏するリーダーの息子に、ブヌン族の伝統を伝えようとその母親と父親が歌って聴かせるシーンがありました。
まず、母親が歌い出します。そうするとそれに続いて父親が歌うのですが、その時4度の響きなんです。
二度や三度の響きもあるのですが、四度の響きが中心です。
この響きが独特なんです。(実は日本のハーモニーもこの種類に属します。)
ブヌン族の人々は楽器によって声を整えたり、ピッチを決めるということがありません。
純粋の<声>だけによって<響き合う>ことを目指すのです。
これが数千年にわたって伝えられた彼らの<響き>でした。

見終わって”うらやましい”という思いがいっぱいでしたね。
彼らは朗々と、大きな声で歌います。そして人々の声を聴き、それに合わせます。
ともすれば、独りよがりで、隣の人の声に合わせることもなく声を出してしまいがちな我が国の合唱人を想像してしまう私には、それは”うらやましい”という一言につきるのです。
<響き合う・合わない>、それは彼らにとって共同体としての証なのでしょうが、聴く私には、<強い絆の響き>として深く心に刻み込まれました。
彼らたちの<存在感>がずっしりと重く感じられたのです。

No.150 '98/5/2「’うらやましい’響き」終わり