No.357 '01/4/1

木下個展・後記


深夜3時頃、40人程の人間たちが冷たい風を受け、雪解け滴で濡れた花びらの夜桜に見とれながらホテルに向かいます。
四谷にある紀尾井ホールへ向かう花の道です。
演奏会後に用意した「打ち上げ」も盛り上がって終わり、その後流れ込んだ二次会の後、火照っている顔を冷やしながらの帰り道でした。

演奏会当日(3月31日)は午前11時からリハ。
CD録音も兼ねていたその日は同時にテープも回すといったスケジュールです。
ア・カペラのリハと録音、毎度のことながらホールの響きとの葛藤です。
最初ホールに入った我々は舞台での立つ位置と合唱団のオーダーにこだわります。徹底的にこだわります。
そこでの決定は本番の成果に大きくかかわるからです。
ホールのスタッフとの接触がここでおこります。今回のスタッフが良かったです。感謝です。

少し時間を押しながらもア・カペラが終わったのは二時半頃。少し休憩をはさんで、後半はオーケストラ伴奏つき作品のリハと録音です。
緊張の連続です。
客席で聴いていた人たちで演奏によるホールの響きについて意見が分かれます。
さまざまな要因が引き起こしての響き、好みも入ってなかなか意見の一致を見ません。
ずっと指揮台で棒を振っていた私が初めてそこで、客席に降りて響きを聴き、録音のモニターを聴いて決定します。
今回の録音をしてくださったフォンテックのスタッフに感謝です。適切なアドバイスをいろいろ頂きました。

録音をしながらのリハが終わったのが5時半。
このリハ中、ホール始まって以来のこと(これはスタッフの方が仰ったそうなんですが)が起こったそうです。合唱団員が舞台袖で横になって休んだんですね。
これは合唱団にとっても初めてではなかったでしょうか。ホールの開放的な雰囲気もあったのでしょうが、彼らが何人も横になって(つまり寝たわけです)体を休めたんです。ほんと、こんなこと初めてです。

それほどに体も精神も疲れていたということでもあるのでしょうが、この選択、私には度肝を抜かれながらも彼らたちの逞しさを感じさせられる出来事だったんです。(しかし、そこかしこでマグロのように寝そべっている様子はちょっとびっくりでしたね)
練習の再開を告げるとサッと身を起こし、次なる行動へと移ります。
6時間半に及ぶリハを終え、無事に録音は取り終えました。
この集中力、周りの関係者の人たちをかなり驚かせたそうです。(テンションが変わらず、ジリジリと集中力が高まっていくんです。ただし高音系のパートは声帯の疲労に繋がりますが)

一時間半の休憩の後、演奏会が始まりました。

今回の演奏の難しさは、音色作り、響き作りということになります。
その響きとは正確なピッチと声色、倍音構成と声部のバランスによってできあがります。
かなり厳しい、音程そして遅いテンポでの声の保持が並んだ作品。
牧子さんの和音は厚い響きを要求します。
その分厚さを「シュッツ・トーン」によって示さなければなりません。実はこれが今回の最大の問題点だったわけです。

新しい響きをつくり出せたのではないか、そう思っています。
オーケストラとの絡みで歌詞の不明瞭なところも出てはいると思うのですが、テープをまだ聴いていませんのでその箇所がどうなっているか楽しみです。
計10時間におよぶ演奏でした。
その疲れを一気に吹っ飛ばして頂いたのは、その夜のお客さま。
一曲を歌うごとに熱い視線と集中した耳を感じました。
終曲を演奏し終えたとき、たくさんの笑顔と大きな拍手に包まれました。心地よい安堵感が広がりました。
作曲家、木下牧子さんを舞台上にお迎えすることがあんなに「嬉しい」と思ったことがありません。
貴重な音楽体験をさせていただくことができたことに感謝。
その機会を与えて下さった木下牧子さんに感謝です。
十分にその任務を果たせたかどうか?
のちに送られてくるテープを今は少し怖さを感じつつ、楽しみです。

アンコールに「鴎」を歌いました。
牧子さんにお願いし、オーケストラをつけていただきました。
シュッツ合唱団の大事なレパートリーの一つでもあります。
皆、好きなんですよ。
思いを込めて歌いました。
作曲家、木下牧子。
素晴らしい作曲家です。

No.357 '01/4/1「木下個展・後記」終わり