私のプロフィール

公益財団法人関西・大阪21世紀協会撮影


氏名(2008/08/04更新): 当間修一といいます。戸籍に載っている「字」は當間修一です。

両親は沖縄出身です。小さい頃から自分の名字が変わっているのがちょっと気になっていました。沖縄での「當」は平原という意味。「間」は島とか村のことだとか。普段は「当間修一」と書いています。パスポートもこの明記です。しかし最近は戸籍上の漢字をとの流れですから「當間修一」と書く方を奨められます。出かけたとき驚くことが多いのですが、名札や出席表など「當間修一」を書いて下さっていることが多くなりました。とても有り難いのですが、コンピュータでは良いのですが、書くとなると随分字画が多く本人ですら閉口します。(サインも「当間修一」でなれているものですから尚更です」
今は私にとっての過渡期、悩み多く、併記したい思いが強いですね。しかし気がつけば「当間修一」を書いているようです。習慣とは恐ろしい。(笑)
*名前の漢字にはこだわりがありません。どちらを書いて下さってもかまいません。念のため。


出身(1998/7/3更新):大阪生まれです。

小学校は2回転校しています。住んだ所も現在までに8回と転々としています。
今住んでいるところが一番長く住んでいますね。箕面の山を眺められる豊中市のはずれ。今ここが気に入っています。


生年月日(2017/06/07更新):1949年(昭和24年)6月20日生まれ<今年68歳ですね>

戦後、4年目に生を受けました。民主主義の教育のはしりでしたから今でもその恩恵は身についているかもしれません。


音楽歴(1998/7/3更新):ちょっと変わっているかもしれませんね。

幼稚園の頃(しかし私は行っていません)には珍しく家にピアノがあったようです。
触って(決して弾いてはいません)遊んでいたようですが、今となっては記憶も薄らいでいますので。
小学校の低学年ではなかなかの人気者でした。歌を皆の前で得意げに歌っていたものですから。
高学年になってから「器楽部」なるものに入りました。これが私にとって運命的な音楽との出会いでしたね。最初は小太鼓の見習い、すぐにレギュラーとなって「ティンパニー奏者」となりました。当時としては活発な活動で、フェスティバル・ホールに乗ったことが仲間達の自慢でしたね。
中学、高校とは「吹奏楽」でした。楽器は色々やりましたが、最後はオーボエでした。
高校は音楽の先生との強烈な(オーバーじゃないんですよね、これが)出会いによって、音楽を志すことになります。パイプオルガンを弾くようになったのもこの頃でした。パイプオルガンを弾くことによって一層それまで憧れていた「指揮者になりたい」夢を膨らませたようです。
大学へは中途半端な意識での勉強だったものですから、中途半端に行くことになりました。(すみません)
学校には余り行かず、オルガンのレッスンに励み、バイトの放送合唱団で小遣いをいただき、バロック音楽に魅せられて通奏低音の世界に入ったのはこの頃でした。
学校を出、キリスト教会のオルガニストになり、「指揮者」になりたい思いを秘かに持ちながら仲間達と共に「バロック・アンサンブル」を創設。通奏低音を弾きながら「指揮者になりたい」野望を持ち続け、現在に至っています。

演奏歴/受賞(2017/06/07更新):私の記憶に残る演奏会を記しておきます

●1985年3月 バッハ「ヨハネ受難曲」
●同年 9月 バッハ「ミサ曲ロ短調」
●1986年5月 バッハ「マタイ受難曲」
●1989年5月 バッハ「マタイ受難曲」
●同年 8月 第一回ドイツ演奏旅行(各地の新聞評、特に「ハンブルガー アーベントブラット紙」「フランクフルターアルゲマイネ紙」の演奏評がその後の評価を決定づけたと思います)
●1990年4月 第一回現代音楽シリーズ(追分節考・念仏踊り)
○柴田南雄「宇宙について」「大阪府立大学・女子大学合同混声合唱団<エヴァ・コール>」による関西初演
●1993年、第二回ドイツ演奏旅行
●1993年10月 第一回東京公演
●1996年10月 モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」(大阪文化祭奨励賞受賞)
●1997年7月19日〜27日 第三回ドイツ演奏旅行 シュッツ生誕の地ケストリッツを日本人演奏家として初の公式訪問
●1998年8月6日〜17日 第四回ドイツ演奏旅行 ドイツ中央放送局(MDR)の夏期音楽祭(Burg)に招待されての演奏会。その他 Berlin, Ratenow, Lehnin, Potsdamでの演奏会も衝撃の印象です。
●1998年「第5回 東京定期公演」が文化庁芸術祭音楽部門優秀賞を受賞。
○2001年3月木下牧子作品展「合唱の世界」の演奏。8月CD「木下牧子 無伴奏作品集」の演奏を担当。
●2001年 ABC音楽賞「クリスタル賞」を受賞。
●2003年 関西合唱連盟「長井賞」を受賞。
●2004年 ベートーヴェンの交響曲全曲演奏を終える。
●2004年8月、第5回ドイツ演奏旅行 
1)マグデブルク大聖堂(Magdeburger Dom)
2)レニン修道院《夏の音楽祭》(Klosterkirche Lehnin)
3)ツィナ修道院《夏の音楽祭》(Klosterkirche Zinna)
4)ベルリン大聖堂(Berliner Dom)
5)ケストリッツ聖レオンハルト教会(St. Leonhardt, Bad Koestritz)(ハインリッヒ・シュッツ・アカデミー招聘)による演奏。
●2006年04月 J.S.バッハ「ヨハネ受難曲」《オペラ形式による》を演出・指揮
●2010年05月 1日イタリア/マントヴァ モンテヴェルディゆかりのドゥカーレ宮殿内聖バルバラ教会演奏会(2010年イタリア演奏旅行 「京都C・モンテヴェルディ合唱団」「名古屋ビクトリア」「大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団」有志)
●2011年07月 平成23年度 大阪文化祭賞グランプリを受賞
●2013年07月 合唱のためのメソッド「ヴォーチェ・ディ・フィンテとその実践」(全音楽譜出版社)を出版。
●2013年08月 教則DVDあなたの声帯が生かされる発声法「ヴォーチェ・ディ・フィンテによる合唱のための声づくり」(ブレーン株式会社)より出版。
●2013年11月21日〜24日、スペイン演奏旅行 (「名古屋ビクトリア合唱団」)
1)サラマンカ - 新サラマンカ大聖堂(Catedral Nueva)
2)アルカラ・デ・エナーレス - マヒストラル大聖堂(Iglesia Magistral-Catedral)
3)マドリッド - サン・イシドロ教会(Colegiata de San Isidro)
による演奏。
●2014年「第49回大阪市市民表彰」文化功労部門において表彰される。
●2017年5月31日から6月4日までの期間で行われた、イタリア・マントヴァ室内楽フェスティバルに参加〔招聘〕(「大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団」、「京都C・モンテヴェルディ合唱団」、「名古屋ビクトリア合唱団」、「東京コレギウム・ムジクム合唱団」の合同編成による合唱団)。全公演がセンセーショナルなライブ演奏として評価を受けました。

職業(1998/07/03更新):と、いうわけで「指揮者」です

職業はと聞かれて困るんです。収入はどれが多いですか?とも聞かれるのも困るんです。毎年収入は変わるものですから。
しかし今では「指揮者」です、と言えそうです。
残念なのが、長年弾き続けていたオルガンもここ数年弾く機会が少なくなり、現在では教会へも行けなくなり、人前で弾くことが無くなってしまいました。
コンサートではオルガンやチェンバロで通奏低音を弾きたいと思っているのですが・・・・・・・・。


仕事場(2014/11/07更新):私の仕事を以下に列挙します。

  • 「大阪コレギウム・ムジクム主宰・代表」
  • 「大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団」 常任指揮者
  • 「シンフォニア・コレギウム大阪(アンサンブル・シュッツを改名)」 常任指揮者(主宰)
  • 「大阪コレギウム・ムジクム(OCM)合唱団」 常任指揮者
  • 「京都モンテヴェルディ合唱団」音楽監督・指揮者
  • 「女声合唱団<りんどう>」音楽監督
  • 「女声合唱団〈コーロ羽衣〉」音楽監督
  • 「大阪府立大学・女子大学合同混声合唱団<エヴァ・コール>」技術顧問
  • 「大阪薬科大学混声合唱団」音楽アドバイザー
  • 「名古屋ビクトリア合唱団」音楽監督・常任指揮者
  • 「東京コレギウム・ムジクム合唱団」音楽監督・常任指揮者

その他にCDを聞きながらおしゃべりしたり、音楽の解説をするこんな事もしています。
  • 「川西音楽講座」(旧名:音楽鑑賞同好会)」川西市の男女共同参画センターで月一度講座を受け持っています。

  • OCM「音楽講座」「日本福音ルーテル大阪教会」で月一度、講座を設けています。

毎年、東京、京都、名古屋、そして随時全国各地で発声やアンサンブルについて講座を開講しています。
  • 「当間修一 合唱講座 in Tokyo」、「当間修一 合唱講座 in Kyoto」、「当間修一 合唱講座 in Nagoya」での講師。
    来年(2015年)から大阪での開講を予定しています。
新聞のコラムも書いています。
  • 2013年4月から沖縄県石垣島の新聞社二紙(八重山毎日新聞社&八重山日報)に月二回の「コラム」を連載中。
[これまで携わってきた団体]
  •  男声合唱団「コール・シャンテ」
  • 「和歌山バッハコール」音楽監督・指揮者(〜2007/09/)
  • 「京都外国語大学混声合唱団<ソレイユ>」技術顧問(〜2012/02/)
  • 「名古屋大学医学部混声合唱団」音楽アドバイザー


趣味(2012/02/22更新):スキーとパソコン、そしてダイビング。

  • 小さい頃からスポーツ少年でした。野球は勿論、球技は一通りしたと思います。夏は真っ黒になってよく母親から叱られたものです。しかし冬のスポーツだけは避けて通ってきましたが、40才から始めたスキーにはまってしまいました。毎年、北海道のニセコに行くのが恒例となっていますし、シーズン中は演奏会や仕事の合間をぬい、ひんしゅくをかいながらも近場や白馬、御岳、志賀高原といった所でせっせと滑っています。

    【これ以下の記述は現在(2012/02)では古くなっています。】

  • パソコン歴も始めてから15年となります。一日は先ずパソコンを立ちあげることから始まります。
  • マシンは
    • Power Mac G4 (以前のメイン・マシンであったPower Macintosh 7500/100《1999/11にG3カードを付ける》に変わって2002年6月購入しました。)
    • Dell "Dimension" 4500C(Windowsマシンとして新たに2002年10月購入したものです)
    • PowerBook G4(2004年12月購入したものです)
    • I Book(2005年09月購入したものです)
    • Let's Note CF-W4(Windowsマシンとして新たに2005年11月購入したものです)


      これまで使ったマシンです。

    • LC630(長年つかっていたこの愛機ともお別れです。今は事務所で働いてくれています)
    • iMac DV(明子さん個人用になっています)
    • Let's Note mini(もう引退しています)
    • Libretto 50(これも同じく引退です)
    • Compaq  Presario 2274まだ現役なのですがほとんど電源が入っていません)
    • SHARP Telios (Windows CE)(私のサブメインマシンだったものです。随分働いてくれました。しかし、現在では新しく買った3台のノートパソコンに代替わりです。本当にこの世界の移り変わりは早いですね!)
    • Palm OS「ヴァイザー Visor」米ハンドスプリング社のPDA(携帯情報端末)
      (もう過去のものになりました)
    • SHARP「Zaurus」PDA(携帯情報端末)
    • SONY「クリエ」PDA(携帯情報端末)

      【これ以後のPCは記録出来ていません。WindowsではLet's noteが現在も現役。Macの主機はiMac、ノートパソコンも数種を使っています。】

    典型的なMac党です。
    必要に迫られウィンドウズを使っていますが今ひとつ馴染めません。OSはその他にLinux(97年5月から)のTurbolinux、そして「超漢字」を使っています。


  • '97年8月に沖縄でダイビングのライセンスを取りました。後は経験を積むべく潜る回数を増やしたいのですが、その時間が無く苦慮しています。
    海の中は素敵です。魚を見ているだけで(実は魚達に見られている!)時間を忘れてしまいます。
    海に住む生物は興味あるものばかりです。

    06/05月現在、本数が(167)本。<PADI>のライセンス。2002年8月「アドヴァンスド」を取りました。
    海の中の何処を見てもいつも興味津々のダイバーです。







    演奏会のステージとはちょっと雰囲気が違いますね。
    私の部屋は狭いながらも私にとって偉大なる仕事場。
    音楽書と楽譜に囲まれ、ここでは見えないのですが、
    前には電子ピアノ、そして後ろには参考書の中にまじって、
    何故か趣味の本が山積みです。