第44回

「直立不動」と「胸にひびく声」

コンクールの審査員をお引き受けすることがあります。
演奏を評価するということはとても責任あること、お引き受けする度に毎回心が引き締まります。
出来れば「お断り」としたいところなのですが、二つの理由で今は出かけることにしています。

一つは「音楽がどのような傾向にあるか」
もう一つは、小学校(NHKのコンクール)、中学校、高校、大学、職場、一般、の「響き」ですね。

その後、「ホームページ」にそれらの感想を書くのですが、多くの方々から質問や問い合わせがあって、それぞれにできるだけお答えするようにしています。
今回はその中に、「リズム」を体得するためにはどうすればいいのですか?というご質問。
そして、文章内で私が表現している「胸にひびく声」ついて若干の補足説明をしておいたほうが良いかとの判断でここで書くことにしました。(音律のことはこの後にアップすることにします)

「リズム」をどう体得すればいいのですか?の答えは・・・・・自然に、先ず感じたまま「体を動かして歌ってごらん」ということです。
<硬直>した状態からは弾むようなリズムは出てきませんし、「歌い心」も硬くなってしまいそうです。 「体を動かさないで歌いましょう」では、「動かさないで!」という「力み」が生まれます。
どのような場合でも、要らぬ「力み」はないほうがいいです。
最近では「リート」の演奏会でも動きを持って歌う人が増えてきました。
ましてや「オペラ」では「直立不動」では様になりません。役柄にふさわしく、歌の内容にふさわしい動きがあってはじめて作品が生きるというものです。

さて、今回でも沢山の「直立不動型」の演奏を聴きました。
以前に比べれば少なくなってきていると思うのですが、まだまだ「体の動かない」スタイルが残っているようです。
誤解のないように書いておくのですが、決して私は「体を動かして歌う」ことを推奨しているわけではありません。
「体を動かさないで」という指示の中で歌われることに危惧をいだいているだけです。
またその反対である無理矢理に「体を揺する」指示も<危険>だといっておきましょう。

ではどうして合唱では「直立不動型」が多いのか?
私見ですが、二つほど。
聴く側が動いて歌うことに「見るにたえない」「落ち着かない」という感想をもつ。
そしてもう一つは、合唱スタイルのイメージを「宗教的合唱曲」の姿勢を規範とした。
ではないかと思うのですが、いかがでしょう。
一つ目は我が国の文化に根ざした鑑賞法が作用しているように思いますし、二つ目は指導者の徹底した指導ぶりが反映されているのではないかとも思われます。
「動かない」ことは真面目で敬虔な印象を与える。それをまた日本人は「好む」、ということの現れではないかと思うのですね。
歌の内容によって、リズムの種類によって、統制されていない自然の「動く」「揺れる」が起こる合唱演奏、もっと聴かれてもいいと私は思っています。



私が提唱する「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」の響きには幅があります。
<頭頂>に近いところで響く声もあれば<胸>の近くまで幅をもって響く声もあります。
「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」とは発声機構の(声帯の伸縮、また声帯の動きに関連する筋肉群の作用)問題です。響くところだけを聴いてその善し悪しは計れません。
しかし、「胸にひびく(落ちた)声」(声帯の収縮による発声〔胸声〕)は深く鳴ることの利点があるとしても、モノトーン的要素が強く、暗くまた重くなりがちです。
この重く、暗く、深くのトーンだけですべての表現ができるものではありません。
明るく、そして軽く歌われたほうがふさわしい曲も沢山あるわけです。
そして重要なのですが、明るい発声の、倍音のたくさん含まれた(特に高次倍音)響きの「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」は、言葉に明瞭さを与えますし、また前に向かって声が飛び、そして会場全体を響き渡らせる性質をもたらします。
「胸にひびく声」からは「頭にひびく声」の変換が難しいことも私が「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」を推奨する理由です。
瞬時に様々な音色の声を使い分けることの出来る発声。それが「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」です。
「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」についてはこの「合唱講座」で説明していますのでここでは重複を避けますが、一度是非体験して頂きたいものだと強く思っています。
純粋なハーモニー、響きの広がり、言葉の明澄さに優れた発声による「合唱作品」を様々な作品解釈の演奏によって聴きたいと思うのですね。

「胸声」「頭声」という定義が曖昧なように思われます。
「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」の正しい意味もまだ伝わってはいないように思います。
多くの方が読むかも知れない私の公開講評の中では、詳しい説明を避けて「胸にひびく声」「頭にひびく声」として記しています。
文章では伝わりにくい「発声」の特徴ですね。
文章内での「胸にひびく声」、「頭にひびく声」の表記は慎重に扱いたいと思っています。
また、お読み下さる方も慎重に読みとって頂けると嬉しいです。
これからも発声のことはこの「合唱講座」で書き続けます。
文章では不可能だと知りつつ、その努力もしつづけるつもりです。

第44回「「直立不動」と「胸にひびく声」」(この項終わり)


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