第54回

2つの「アンサンブル」


テクニカルな解説でない問題をもう一つ書きます。
それは「アンサンブル」ということ。

「アンサンブル」という言葉には二つの意味があります。
一つは演奏形態としての意味。合唱、合奏であり、またそれらの少数での演奏を意味します。
もう一つは演奏のまとまり具合の意味。調和がとれているか否かを話題にするときに使われます。

私がここで問題にするのは二番目の意味、〔まとまり具合〕、〔調和〕の問題です。

その「アンサンブル」にもまた二つの表現形態(様式)があります。
これ、実はとても大きな問題だと思っています。
合唱をするとき、どの表現形態(様式)を望むかで大きな違いが生まれます。
それによって基本的な練習法、練習課題が異なるという大きな問題が生じるのです。

表現形態(様式)の一つ目。それは一糸乱れぬ呼吸の合った演奏のこと。
ピッチはもちろんのこと、音色、ダイナミクス、ハーモニー、そしてフレーズの頭の入りや終わり方もピッタリ。統一された、統率された一致。
「揃う」という快感に充ちた様式、といったイメージが一番解りやすいでしょう。
ジャンルで言えばキリスト教の音楽(特にルネサンス時代の典礼音楽)がその部類でしょう。
「絶対者への服従」「最高美への追究」という表現にはこの形態が望まれます。

表現形態(様式)の二つ目。それは決められた枠組みの中での「揃え」ということではなく、異質なもののぶつかり合い、不調和な調和とでも言っていいでしょうか、個性のぶつかり合いとしての形態(様式)です。
現代曲の中で多く求められる多義的な形態(様式)。
求められるのは統一ではなく個別。声も美しく澄んだものではなく、時にはしわがれ声、叫び、うめき、などの奇声も求められます。まさに社会情勢が反映した表現です。
異質なものがぶつかり合う面白さ。偶然が作り出す意表を突く面白さ。多義的な広がりの面白さがその根底にあります。

私が求める形態。
それはこの「合唱講座」で書き続けている「一致の美」に依っていることは間違いのないことです。
しかし、その中身は対極を成しています。
何と対極するのか?
統率される、統一させられる、といったものとです。
私が求める「一致」は、個々「自らが求めるところの最高のもの」の集合体です。
やらされているのではなく、自らが成っている状態での一致。
これはハッキリ言ってしまえば不可能な「理想」かもしれません。
同じように最高を求め、一切の差違もなく、認め合って、信じ合って、協力し合った上での一致など「人」の社会ではなんと困難なことか。
しかし、私はそれを求めたいと思っているのですね。
そのノウハウをここで書こうとしているのですね。
いわば、理想へ向かっての軌跡を綴っているのかもしれません。

これから私が求める形態。
上に書いた最高のものを求めての「一致の美」に加え、多義的な広がりを持つ「不調和な調和」、この両面での表現形態を求め始めています。
音楽は「現実」でありたいと思っている私です。
それには「理想」もあれば「現実」もなければなりません。
何かに一致しているだけでなく、揃っていなくとも個々が発する主張(存在感)の群れと化したポリフォニーは力強い表現力を持ちます。
この二つの表現形態を持って作品と向き合う。
それは、私にとってワクワクするほどの興奮を覚えるこれからの活動です。

1)自然の原理に沿った「美」の追求。
2)人為によって作り出された様々な現実の、リアリティーとしての面白さ。「人」の魅力。

演奏する者としてどちらの表現を取ろうとしているのか。
「一致の美」を選ぶのか。
それとも「個々の主張」を選ぶのか。
もちろんコラボレーションとする演奏意図も成り立つかもしれませんが、ちょっときつく書いてしまうかも知れないのですが、妥協の産物「中途半端」なものになってしまうことが多いのではないでしょうか。
演奏ではそれぞれの表現法を極めようとする方向を示す、そうであって欲しいと思うと同時に私自身の演奏に関しても「徹しての結果」であるよう努めたいですね。

また演奏に対しての感想や評論の中で、これらの混同を感じることがあります。
「一致の美」の中に「個」の要素の強調を求める意見。
「不調和な調和」の中に「一致の美」を求める意見。
どちらも演奏者にとっては悩まされるところです。
演奏者の「意図」と、聴く側の「求めているところ」が食い違っているのですから。

「アンサンブル」から少し逸脱したかもしれません。
この項での要旨、表現法の意味で用いる「アンサンブル」には二つのスタイルがあるということ。
1)一糸乱れぬ揃った演奏。(統一された演奏)
2)「揃う」「統一」することよりも多義的な広がりを重要視した演奏。
これらの演奏をどの作品に持ちうるか?
まずその方針決めが大切ではないか、そう提案したいのです。

第54回「2つの「アンサンブル」」この項終わり


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