第62回

練習前の「発声練習」について


練習を始める前に「発声練習」をされる合唱団が多いと思います。
しかし、私が関係する「合唱団」は基本的に、事前の「発声練習」はしません。
いきなり練習を始めます。(「発声練習」は個人的にそれまでに行われているものとしています)

今日は練習に先立つ「事前練習」のことについて書いてみましょう。
また、これらのことについて、実は多くの質問が寄せられていました。ここにそれらの返答としてまとめてみたいと思います。

詳細にわたって一つ一つを説明した方が良いかもしれないのですが、結論を早く示したいと思いますので先ずは若干幾つかの問題点を省く形で書きます。

私が事前の発声練習を勧めない理由なのですが
1)「発声練習」は本来個人的に行われなければならない、ということ。(一人一人の課題が異なります)
2)課題項目が形骸化され、本来の目的から離れた無自覚化(マニュアル化)となる傾向がある。
3)行われた練習項目が実践での効果と結びつかないことが多い。
ということにあります。

「発声練習」は「歌」を歌うために直ぐに役立つものでなくてはなりません。そのためにも常に《実践的》であるべきです。
練習のための練習ではなく、あくまでも即「使えるテクニック」とならなければならないと考えます。
例えば、「音階練習」はただ(転調しながら)繰り返すだけではなく、声区に配慮した最も注意を配した練習でなければなりません。
そうでなければ「悪い癖」を付けてしまう「癖付けマシーン」になってしまう可能性があります。(「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」の妨げになります)

「呼吸練習」は「声と結びついた呼吸筋の動き」でなければなりません。声を伴わない呼吸運動はあまり役立つこともないでしょう。これも実践に即した動きでの練習とならなければなりません。
「母音練習」は計画を綿密に立てての練習であれば効果もあると思います。例えば、完全なる母音づくりのために口腔内構音(調音)の確認→他母音へのスムーズな移行練習。これは舌の柔軟な動きが核心です。過度な緊張を伴って作る母音は本来あるべき響きではありません。母音をかたどる筋肉の釣り合いは最も弛緩した(力まない)状態でこそ純粋な響きとなります。

「筋肉(筋力)トレーニング」について
良く見かけるのが腹筋や足腰を鍛える運動ですね。しかしこれは厳密に言えば「発声練習」ではありません。
「発声」する「人体」のための基礎運動です。
「基礎体力づくり」と「発声」の運動とは段階的、目的へ向かう方法(メトード)の中で捉えるべきものではないかと思います。長いスパンの視点に立ってこそ「健全な発声練習」が構築できると私は考えます。
しかしながら現実的必要性から云えば、弱い筋肉では「大きな声」「深い響き」「遠くへ飛ぶ声」には成らない、そして良い筋肉(緊張と弛緩の幅が広いほど良い筋肉の条件です)作りのためには、出来るだけ早くから筋肉トレーニングをしなければならない、と云うこともまた事実です。
ただ、その項目を「発声練習」の中で多くの時間を割いて行った方がいいのかどうか?(この選択を指導者は問われることになるのですが、目的達成への一番大事なこと、それは受け手(練習するメンバー)たちが[今行われている運動はどのような目的によって行われているか]その理解に立っているかということが重要だと思います)

さて、そこで私が提案する事前「発声練習」を示してみましょう。
統合されての運動を出来るだけ時間的に短く、かつ効果的にするための運動でなければなりません。その具体的運動を『OCM歌唱法 発声体操』(DVD)で示しているのですが、ここに要約してみます。

  1. 呼吸筋への作用。姿勢を正して胸郭を広げる運動。(ゆっくりと呼吸と合わせた肩、腕の広げと回し)
  2. 「丹田呼吸」の意識を高める運動。(声を出しながらの下腹部意識)
  3. それらを統合した「腰割り」=「スクワット」運動。(この運動に時間をかけます)
ここまでが基礎的な身体運動です。「スクワット」は効果的な筋トレでもあります。
そして声帯筋とその内筋・外筋の運動として以下の運動を実施。(声のひっくり返りを起こさないで声を上下させます)
  1. 高い音でのファルセットから一番低い音へのポルタメント(グリッサンド)。
  2. 一番低い音から一番高いファルセットまでのポルタメント(グリッサンド)。その上下の繰り返し(サイレンのような声の動き)
  3. 胸声の強い低音からファルセットの強い最高音までのポルタメント(グリッサンド)

以上です。この一連の運動、10〜15分ぐらいでしょうか。準備運動はこれだけで充分だと考えます。
「母音」に関すること、「呼吸」に関すること、その他詳細な事柄、重要で実践的な動きは実際の曲練習の中で個別に具体的な示しによって行うとします。

「発声練習」は集中力を持って、効果的かつ持続的なものでなければならないと思います。
短く、そして実践的。これが私の提案です。

個々の主旨や運動など個別の事柄(「母音」「音型を使った練習」「筋トレ」「呼吸」に関すること)についての詳細は次回から書くことにします。

第62回「練習前の「発声練習」について」(この項次回につづく)


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