第63回

撥音(はつおん)「ん」の扱い


「撥音」というの名の由来は文字の跳ね上げられた姿に由来していると言われます。見た目からきた名前なんですね。

歌う場合、「ん」の発音の大切さは「響きの整え」という段階になってから特別に問題になってくる課題です。
歌の「ん」(特に「n」有声歯茎通鼻音〔詳細は後述〕)の響きは本当に美しい響きになります。合唱の(いや合唱にかかわらず独唱などでも)「ん」は全体の響きのバロメータです。
この響きを作ることが出来れば多くの発声上の「響き」は改善されると思います。

さてそれでは発声上の「ん」についての解説です。

日本語による「歌」を歌う場合、「ン」の発音に戸惑うことがありませんか?
二つ問題があります。

一つ目は「ン」をリズム的にどのように扱えば良いか?つまり母音の後直ぐに発音するのか、それとも次のシラブルの直前に発音するのか?そして、
二つ目の問題は「ン」そのものの発音の仕方です。例えば「運命」や「先輩」と発音する「ン」、「女」「先頭」と発音するときの「ン」、「日本画」「マンガ」の時の「ン」はそれぞれ発音の仕方が違います。この違いを意識的にどのように発音させるか(響かせるか)は歌い手にとってとても大切な事柄となるはずです。
「運命(うんめい=ummei)」「先輩(せんぱい=sempai)」の「ん」は「m」ですし、「女(おんな=onna)」「先頭(せんとう=sento:)」の「ん」は「n」です。そして「日本画(にほんが=nihoŋga)」「マンガ(maŋga)」の「ん」は「ŋ」と発音されます。
「ん」にはこのように〔通鼻音〕と呼ばれる三種類の「m」「n」「ŋ」があるわけです。
〔通鼻音〕とは音声を作る呼気が口腔に向かわず、鼻腔を経て外部へと排出されて響くことです。これは口蓋垂(軟口蓋後部)が上がって鼻腔への呼気進入を塞いで発音される音で無く、口蓋垂が(軟口蓋後部)下がって口腔への呼気進入を塞ぐと共に鼻腔へと導いて発音される鼻音的響きをもった音です。
因みに鼻をつまむ(鼻孔を塞ぐ)と〔通鼻音「m」「n」「ŋ」〕は発音できないはずです。これは呼気が鼻腔を通っているということでもあります。

「m」は上下の唇を閉じて発する音。これを〔有声両唇通鼻音〕と呼びます。

「n」は口を閉じずに前舌を上歯の根っこ〈歯茎(はぐき)〉部分に当てて発する音。これを〔有声歯茎通鼻音〕と呼びます。英語の「n」ですね。

「ŋ」は口を閉じずに奥舌を軟口蓋後部に上げて発する音。これを〔有声軟口蓋通鼻音〕と呼びます。英語の「ng」と同じですね。

次の音 発音
mp
b
m
憲法
新聞
運命
kempo:
shimbun
ummei
nt
d
dz

n
r
反対
面倒
混雑
人参
おんな
線路
hantai
mendo
kondzatsu
nindʒn
onna
senro
ŋk
ɡ
ŋ
天下
ガンガン
演劇
teŋka
gaŋgan
eŋŋeki
「N」s
a
o
u
w
i
e
ʃ
j
運勢
恋愛
半音
天運
談話
雰囲気
遠泳
新釈
万葉
母音や半母音(わたり音)の前ではそれに近い鼻母音となり
その他では軟口蓋の後部(口蓋垂)と奥舌面とのゆるい閉鎖
による曖昧な鼻音[ɴ]となる

*次に音が何もない語末の撥音は、軟口蓋の後部(口蓋垂)と奥舌面とのゆるい閉鎖による鼻音[ɴ]である。

さて、説明が逆になってしまいましたが一つ目の問題。[ン]をどのように音符に割り振って歌うか?
作曲家は時折以下の様に歌詞付けします。(はっきりと始めから「ん」を音符に割り付けて書かれる方もいらっしゃいます)
例えば「沢山」という歌詞の「さん」の「ん」を音符のどこに入れればいいのか?
任されているようでもあり、実は周知のことであるから期待している歌い方は一つだと思われているようでもあります。さぁどちらでしょう。

「ん」の割り付け

概略的には「ん」の割り付けは以下の様になると思います。まず例aからdですね。細かくすればもっと色々書くことができるかもしれませんがこれぐらいでしょうか。

「ん」の割り付け

「ん」の割り付け

「ん」の割り付け

「ん」の割り付け

ちなみにこの「ん」の発音は、口を閉じずに前舌を上歯の根っこ〈歯茎(はぐき)〉部分に当てて発する音〔有声歯茎通鼻音〕ですね。
言葉(単語)の中にあるのか、最後にあるのか。意味内容に即して、フレーズを通してよく考える必要があります。

日本語では1音節(=シラブル〔syllable〕)に1音を当てるのが常套の手法です。さらに、音節は均等の長さを持つことも特徴です。
ですから歌に置いてはリズムを均等にして以下の様に歌うのが基本であると考えます。

「ん」の割り付け

とはいえ、言葉は時代によって移り変わるもの。伝統として、文化として伝えていくか、それとも時代的な感覚で新しい方法を選ぶかは創り手の感性に依るところ大です。
不安定で不確実な時期を経て〔確実性〕へと移り変わっていくのが世の常。今、作品を前にしてどのスタンスを取っているかを考えることはとても重要なことだと私には思われます。

第63回「『ん』の発音」(この項終わり)


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