第105回('06/03/23)

新約聖書学者「田川建三」

やっとお会いすることが出来ました。
迷った末の決断でした。

氏の名前を知ったのは今からほぼ40年前に遡ります。
キリスト教会に通い始めて、キリスト教に関する書物をむさぼるように読んでいた時期でした。
高校生で「受洗」した私にとって、始めの頃は教会での行事など知らないことだらけ。
「どうして?」「何故?」の連続。
歴史的にどうなっているか?本来の意味は?現在での意義は?
とにかくオルガニストを目指していた私にとってそれは必要不可欠な勉強。
とともにそこから心の隅でくすぶりはじめていた諸々の疑問、その疑問に対する私自身が納得できる説明をどこかに求めようとする強い気持も起こり始めていました。
その時出会ったのが田川建三氏の著書。
中でも感銘を受けたのが「イエスという男」でした。

衝撃の「イエスという男」。
今まで描かれなかった「イエス像」。
そこには私にとって身近な「イエス」が立っています。
普通に「変なものは変だ」と言える男。「理不尽」なものに対して<物言う男>がそこにいました。
ゆえに、死ななければならなかった男の生き方。
現代にも居そうな「イエス」。
それを書く確かな著書の視点に感銘を受けました。
私の体に強い衝撃が走ったことを今でもハッキリと思い出すことができます。
私の人生を変えた一冊でした。

「クリスチャンになることを選択したことに悔いはない」。読み終えてそう思いました。
これは私にとって大きかったです。

ある事件をきっかけにして今は教会には行かなくなってしまった私。
人が集うこと、組織化されることの危うさを知りました。(もちろん、その必然性も知りました)
自由になることの素晴らしさと、その困難さも知ったと思います。
教会には行かなくなりましたが、キリスト教が伝える事の中に、「人間」にとって究極な事柄、考え続けなくてはならない事柄があるということの確信。

以後、「私」は「私が表現するものが全て」という思いの歩みとなりました。
私が創りだそうとする音楽の中に「私全てがある」という「さらけ出しの人生」です。
キリスト教的に言えば、全てが「信仰告白」の人生ということでしょうか。

一貫して「貫くべきものを貫く」、これは難しいことです。
意志を貫くことの困難さは想像を絶するもの。
「変わって当然」「人生は変化していくもの」として、私利私欲によって簡単に主義・主張など変えてしまう人の多い昨今です。
検証を重ねながら立証しつづける。
確かな視点に立っての発言。
その困難さを越えての行いや意志の強さに感銘し涙します。

尊敬する方にお会いする。これは恐いことです。
論文や著書に接してその内容に感銘を受ければ受けるほど、書かれたご本人と出会うことにどれほどの意味があるのか?
論文や著書としての結果が全てであるわけです。
それを通じて尊敬し続ければよいわけです。
後は受け取った「私」がどう「活かして」「どう表すか」です。
それらに感銘し、涙し、勇気を与えられ、希望を頂き、知識を喜び、その功績を称え、血と肉となるように受けとめ、それらを人々に(後世に)伝える。そのことが「受け取ること」の本質です。

田川建三先生に会う。それは不安なことでした。
やく40年間追い続けた先生です。
片思いもこれだけ追えば本物でしょう。
私の中の「田川建三」は大きく膨らみすぎているかもしれません。
私の人生を変えた、いや、私の人生の中に指針と希望を見い出させてくれた「人」。
会うのが不安でした。

何かに突かれるようにして「お会いしてみなさい」という声(私はこの声を夢で聞きます)。

田川先生にお会いして良かったと思っています。
ことあるごとに、仲間達に話した先生です。
お話を伺った後の仲間達の顔を見てそう思いました。

「我が道を歩みましょう」
いっそう強く、今、そう思います。
「音楽が全てです」
「音楽で語る」ことによって私は歩めるのです。
私は音楽することで「私」となれるのですね。
「音楽とは何か?」
それを追求する。
そのことを改めて先生に教えていただいたのではないか、そう思う一日でした。

やはり私には偉大な「田川建三」でした。

田川建三氏と

ご一緒に写真を撮らせていただきました。
こんな日が訪れようとは・・・・・・・・。
何故かとてつもなく<生きるという責任>を感じます。


第105回('06/03/23)「新約聖書学者「田川建三」」この項終わり。


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