『恐怖のマルボロ事件 in Weiler』


                              うえだうえお

今は昔。うえおが、初めてのドイツ演奏旅行に参加したその帰途に遭遇したおそろ
しいお話です。

その頃のうえおは、決して上手では無かったのですが、それなり英語がしゃべれる、
というのが自慢でした。いや、英語さえしゃべれれば、世界中どこでも旅行が出来
るのだとさえ、思っていました。そんなうえおの身に降りかかった、恐ろしい事件
の記録です。


その町の名は、Weiler(ヴァイラー)。西ドイツ中南部に位置する、小さな田舎町
である。その頃うえおは、ぷーたろうだったので、仲間達と貧乏旅行をしていた。
貧乏旅行の基本は、『ユースホステル』である。

Weilerに到着したうえお達は、例によってユースを探した。が、ユースガイドブッ
クに記載されているあたりには、それらしき建物は無い。仕方が無いので、Haupt
Bahnhof(中央駅)まで戻り、駅の売店で尋ねる事にした。

Haupt Bahnhofというと、どんなに大きな駅かと思うが、実は、田舎の終点駅で、
ひょっとすると無人駅かも知れない。とりあえず売店があったので、そこで地図
を買うことにした。

売店には、店主とおぼしき老婆が一人。それに常連客らしき労働者風の男が一人。
この店は、パブも兼ねているらしい。

このような田舎町には、東洋人が来ることは無いのであろう、うえおがしゃべり
出すと、老婆がひどく狼狽している。そんなにあわてなくても良いのに。僕は単
に、この町の地図が欲しいだけなのだ。

"May I have a map of this town?"
狼狽している老婆には、一向に通じない。これは構文が難しすぎたか?言い換えて
みよう。

"I'd like a map of this town."
いや、余計に難しい言い回しになっている・・・老婆はますます狼狽した。うえお
も、心中穏やかではない。

"Map, Map! I'd like a ..."
そのとき、それまで事の成り行きを黙って見守っていた労働者風の男性が・・・。

『良し判った、俺に任せろ!』
と、老婆に言ったような気がした。(が、ドイツ語だったので、判らなかった。)

そして、おもむろに、ズボンのポケットを探り出した。もしや、ポケットから地図
が?

しかし、僕の期待を見透かしたかのように、彼が取り出した物は、封を切られ、
ポケットでしわくちゃになった、ひと箱のマルボロ(たばこ)だった。

その瞬間、僕の頭の中が真っ白になった。僕の中の、すべての活動が停止してしま
った様だ。

『マ、しかおおてへんやないか!』
という基本的な突っ込みも出来ないほどに、動揺してしまっていたらしい。

だがそのとき突然、同行していたWが、ドイツ語で語りだしたのだ。
(そこまでの旅程では、交渉ごとはすべて、僕が英語で行っていた。)

"Ich moechte Jugendherberge ..."
この、"Jugendherberge"という単語に、老婆と男性は狂喜した。二人で手を取りあ
わんばかりに"Jugendherberge"を連呼すると、店の外に飛び出し、"Uber Bach"の、
"Richt, Links"のと連呼しつつ、ユースへの道を教えてくれていたようだ。

もちろん、うえおは、ただ呆然とその会話を聞いていた。