私がオルガニストとして務めていた教会(洗礼を受けた教会)で、記念行事があり、急遽合唱団が必要され、知り合いのアマチュア合唱団員が集まったのが始まり。
記念行事が終わり、合唱団の中に存続を願う者も有り、私も音楽活動を始めるに当たって、新しい理念で活動を始める必要を感じて「シュッツ合唱団」を創設した。
それまでは仲間の器楽奏者たち(フルート、オーボエ、ヴァイオリン、私のパイプオルガン&チェンバロで編成した「アンサンブル・シュッツ」)で礼拝堂にてコンサートを不定期に行っていたが、合唱団を創設したことで定期演奏会(「マンスリー・コンサート」)を始める。
教会も好意的で始まり、地域社会活動として新聞にも紹介され、話題となった教会コンサート。全国的にも知られるようになった。
その後「アンサンブル・シュッツ」は今日の「シンフォニア・コレギウムOSAKA」へと発展。
合唱団は「大阪コレギウム・ムジクム合唱団」と「大阪H.シュッツ室内合唱団」と改名して分離。
コンサートは順調に続いたが、ある時から教会との関係が不可解な不協和となり、最後には〈追い出される〉という形でこの教会コンサート(「マンスリー・コンサート」)は休止。(その理由と行動は「不可解・陰険」でした。未だその理由が明らかにされていません。)
その後、異なった教会(ルター派教会)でコンサートが継続。ここで結ばれた繋がりによって今日の「日本福音ルーテル大阪教会」へと繋がっている。
合唱団の創設の理念として「自主性」を掲げた。
新しい発声法(純粋和声を基準とした響きづくり)。
演奏法の様式化確立。
運営の「自主」を達成するために、共通する目的を得る団員で構成する。
これらは当時としては全て新しい取り組み。
重要事項として、専門教育を受けた者で構成するのではなく(発声法が異なり、響き作りに困難性を感じたのがその理由)、非専門家であっても専門教育を受けた人たちと同等の実力を持った人材で構成することを臨んだ。
自主は運営にも及びます。「何事も自前で」の体験を通じて、今日に至るまで団の核心です。
それが誇りでしょう。
法人化前の会計は、内製化(外部に委託することなく、自社の人材で行う。)でした。
その他、インターネット活用(サーバーの運営/ホームページ制作)、広報(チラシ・ポスター制作)なども同様です。
海外演奏旅行も同様。私たちの演奏が高い評価として一変した始めてのドイツ演奏旅行は、旅行代理店を通さずに行ったものでした。
それ以後のイタリア、スペイン演奏旅行も代理店を使わずに敢行。全て成功を収めています。
さて、「シンフォニア・コレギウムOSAKA」メンバーの〈契約〉については次稿。