第6回

聴覚と声量

発声の事を論じていると、ついお腹、胸、首といった局所的になってしまったり、説明も感覚的なものになってしまいがちです。
「木を見て森を見ず」ということでしょうか。
発声は体全体の各機関による綿密な相互関係から成り立つ事柄です。そして、軽視されがちですが精神的に関係する比重はかなりのものです。

今回は声帯レベルの話から少し離れて、「聴覚と声量」の話をしましょう。

皆さんは「大きい声」をお望みですか。
ソリストの第1条件は「声の大きさ」です。いかに音楽的に素晴らしく歌えたとしても声が小さければ評価が低くなってしまうのが今日(こんにち)の音楽界です。
ですから「声を大きく」するためにその正体を解明することは大事なことです。また、それを聞き分ける「耳」の働きについても知っておくべきでしょう。
声は訓練によって「大きく」することができます。蚊の鳴くような声の持ち主が、人も驚くような大きな声を出すことができるのです。もちろん、「怒鳴る声」ではなく、「響く声」をもってです。

突然ですが、人間の「脳」を成長、進化させたものが何だったかご存じでしょうか。
今日の生物学はその「脳」についてかなりのスピードでその働き、そして「なぞ」を解明しつつあります。
それによると、私たちの「脳」は3つの特別な感覚器、嗅覚のための「鼻」、視覚のための「目」、そして聴覚・平衡感覚のための「耳」によって成長・進化したと推測されています。
脳の進化に音楽も大きく寄与し続けているというわけです。

その聴覚のための「耳」の働きは何とも不思議です。
方向や、ピッチを正確に判断すること、そして雑踏や多くの音が入り交じっている中からある音をズームレンズのように聞き取る働きなどは驚異的といっていいでしょう。
しかし、疲れていたり、精神的な影響(「あがる」といったことや、悩み、不安といったもの)によって著しく聞き取りが低下することもあります。
皆さんも経験していることでしょうが、大きい声で歌えばうたうほど周りの音や声が聞こえにくくなっていくものです。
「合唱の達人」になるためには耳の精度も高めて置かなくてはなりません。偏りなく正しく判断できる耳とは偏りのないバランスの取れた健康な体と訓練によらなければならなというわけです。

さて「声量」の話です。
声を大きくするためには柔軟な筋肉、伸縮自在な筋肉を持たなければなりません。
声帯もまた筋肉の一つです。
縮んだ時と伸びたときの差が大きければ大きいほど良い筋肉だといっていいでしょう。

「声の強さ」の調整を少し難しく言うと、「声門抵抗と声門下圧とに因る」ということです。「声門抵抗」とは声門の閉じ具合、しまり具合のこと。
「声門下圧」とは吐く息の強弱のことです。
つまり声量を増すためには
1.声門(声帯)のしまりをよくする。
2.息の送り出しを強く高める。
そして
3.共鳴体を作る。(体全体、空気振動による共振)
を考えればよいのです。

自分の出した声は、直接的な体振動と、直接音・反射音による空気振動を受信する耳によって判断されます。(上に書いたような聴覚の特徴があることを考慮しなければなりません)空気振動を電気信号に変えて指令を伝えるのは神経ですが、それによって声量を加減し、実行するのは筋肉です。その筋肉は柔軟でなければならないのです。

重要なこと
声の強さは瞬間的なものであってはなりません。
歌唱における「声の強さ」とは持続性のある強さのことです。
会話の時の声は瞬間的な要素の強い声です。
ですから話し声が大きいからといって歌う声も大きいとは限りませんし、むしろ「声楽発声」には良くないことと言っていいでしょう。
会話の時、歌唱の時の「胸声」の声は力強く出せるのですが、気を付けなければポリープを作る原因ともなってしまいます。
「声楽発声」では長く伸ばせて維持できるフォルテを目指さなければならないのです。
練習法の全てはその目的のためにあるとしなければなりません。

声の大きさは、1.体全体 2.聴覚 3.共鳴 の相互の関係に依るということでした。

次回は「ファルセット」の続き、「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」とその「練習法」です。


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