第27回('98/2/26)

カウンターテナー

中世やルネッサンス、そしてバロック時代での歌唱で無視できない<カウンターテナー>の話を今回はしましょう。
最近は我が国でもカウンターテナーの歌手が映画音楽を歌って、その存在をよく知られるようになりましたね。
しかし、その<カウンターテナー>とは一体どういうものか、なかなか説明ができないでいます。
「男性が高い声を出して歌うのがカウンターテナーみたい」というのが一般的でしょうか。

カウンターテナー(以後c.tと表記します)はもともと、イギリスを中心として教会で高い声部を担当するために用いられたものです。教会では女性が歌うことを禁じていたからですね。
用いられていたポリフォニー音楽(多声音楽)での楽譜には、c.tはテナーの上に書かれ、音部記号も違えて書かれていました。
女声の音域をカバーしようとしたわけですから、男声でありながら相当高い声を出さなければなりません。
男性の皆さんは体験的にご存じだと思うのですが、通常では無理ですね。
普通に歌えば、同じ高さを歌っているようでも実は女声よりオクターブ下を歌っているのが男声です。
ですから、女声の音域を出すためには、普通に出している声よりも更にオクターブ上を常に出さなければならことになります。
<裏声>(ファルセットですね)を用いるのはそのためです。
声の出し方は後述します。

よくc.tと混同されるのが<カストラート>です。
歴史的にも古代までさかのぼることのできる<カストラート>はバロック初期・中期に最盛期を迎えます。
この<カストラート>とは去勢された男性の声ですね。つまり成人の<ボーイソプラノ>ということです。(後にはソプラノの声部だけではなく、c.tに代わってアルトの声部も受け持つ時期もありました。)
c.tは去勢はしません。つまり成人として発達した喉頭、声帯を用いて高音を出します。
<カストラート>は喉頭や声帯の成長を人工的に発育を止めて声を出しているわけですね。喉頭や声帯は通常より小さかったり、短かかったり、ということです。

ですから、<カストラート>の方がc.tより高い声がでます。
当時は<カストラート>がソプラノの声部を歌い、c.tはアルトの声部を歌うのが一般的でした。
しかし、<カストラート>がいなくなってからは、c.tでも高音が出る歌手を用いて(残念ながらこういう人材はまれです)ソプラノとアルトの声部を担当し、テノールとバスを加えてのアンサンブル(全体のピッチを低くすることが多いですが)が登場してきます。
男性だけのアンサンブルの伝統がこうして今日までイギリスで受け継がれています。

c.tにはバリトンやバスの歌手が向いています。
テノールは一般的にいって不向きでしょう。
これは声帯の長さや厚さに関係するものだと思います。

c.tを用いたハーモニーは、女声アルトを用いたハーモニーに比べて力強い印象を与えます。
また、音の輪郭が明確になりますね。
倍音の配列も女声に比べれば整然としている印象を持ちます。
当時の作品でのハーモニーには欠かせない存在です。

<ファルセット唱法>と分類されるc.t。
しかし、裏声(ファルセット)を出したからといってc.tになれるわけではありません。
その発声はファルセットでありながら、訓練を重ねて作り出すファルセットの一種です。
またもやこの段階での紙上での説明では不可能ですね。
今までに説明してきました「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」に関係することです。
不明確な印象を与えてしまうだけかも知れませんが、c.tが用いるファルセットとは「芯のあるファルセット」だ、と言っておきましょうか。

第27回「カウンターテナー」終わり


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