第35回('98/5/26)

ポリフォニー音楽の実践(その1)

今回からポリフォニー音楽を演奏するための幾つかのアドバイスをしていくことにします。
音楽史で言えば「ルネッサンス」の時代です。

実践の前に是非とも知って(押さえて)おいて頂きたいことがあります。
「ルネッサンス」という時代の特色、価値観です。
それは「中世」からの<価値観の転換>。絶対的な「神」から、「人間」それも「私」という個人的な価値観の台頭です。
それが「ルネッサンス」の特色であり、「ルネッサンス音楽」のポリフォニーに反映されているものです

「人間」に先立つ絶対的な存在としての「神」、これが「古代」「中世」を貫いている世界観でした。
音楽上、それは<ユニゾン>、<オクターブ>、<5度>、<4度>の響きで表されています。(中世の「オルガヌム」はこの響きです。参照:No.25「中世音楽の演奏」)
それが、「大航海時代」「活版印刷」に象徴されるルネッサンスという<新しい時代>には、「私」が「神」に先立つものとなったわけです。
これは多分に経験、実験、観察という立証主義と無縁ではありません。

それでは音楽ではどのようなスタイルの変遷となったのか?
それについて重要な示唆を与えてくれる書物があります。
偉大な最初のルネッサンスの音楽理論家として有名なヨハネス・ティンクトーリス Johannes Tinctoris(1435頃〜1511)が著した12篇の著書です。〔その中の一冊「音楽用語定義集」(中世ルネッサンス音楽史研究会 訳)がシンフォニアから出版されています。〕

そこに、ルネッサンスという<新しい音楽>の潮流はイギリスから起こったと彼は書きます。
その音楽家の名は、ジョン・ダンスタブル John Dunstable(1390頃〜1453)。
外交官であり、天文学者兼音楽家。
彼がもたらしたものは【3度の響き】でした。
そう、ルネッサンスの音楽の特徴は先ず、この【3度の響き】。そしてこれを転回した【6度の響き】です。

【長3和音】が鳴り響く、この甘美でドラマティックな展開が起こったのです。

彼の歴史上の重要性を書いておきましょうか。
それは3つです。
1.垂直的思考法に向かった。(ホモフォニー音楽への促進)
2.3和音の確立(根音、3音、5音)
3.和声法でいう第一転回形を用いた
特に、(3)の第一転回形(3和音の第三音を低音に置き、その上に3度と6度を重ねた形。例えば、ミ、ソ、ド。)を連続して用いるフォブルドン fauxbourdon(イギリスではディスキャント discant)と呼ばれる和音進行は最大の特徴です。

ジョン・ダンスタブルの出現。これこそ初期ルネッサンス音楽の始まりです。

それでは次回より具体的に曲を取り上げて「ルネッサンス音楽の実践」へと進むことにしましょう。

第35回「ポリフォニー音楽の実践(その1)」終わり


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