第65回 〔2019/12/19〕

質問にお答えします〈2019/12/19〉


質問です。【原文のママ】
『わたしは現在高校生で音楽大学の声楽科への受験を考えている者です。
歌が大好きなのはもちろん、さまざまな側面から発声について考えているものを読むのも好きです。
記事にも記されているリード作のBel cantoやフースラー作のsingenも読みました。
今回は発声についてと、あるソプラニスタの方の発声についての質問させてください。
(途中カッコでくくってある部分は読まなくても質問に差し支えはないです!お忙しい中たくさん書いてしまいすみません。)

1. 発声について 男性の場合普段の話す声がほぼ地声ですが、女性はそうでない場合が多いですよね?
わたしもかなり混ざった声になっています。
この場合、換声点に近い表声区でvoce di finteを作ることがとても難しく感じています。
女声でも同じくmessa di voceを根気よく続けることでfinteを作ることができるのでしょうか?
裏声の声区でfinteを作り下降していくなどは難しいですよね。そもそも表声区が十分に鍛えられていないのではないかという疑問も生じてどうにも考えがまとまりません。
私の拙い文では伝わらないかもしれませんが、もしなにか策がありましたら教えていただきたいです。

2.ソプラニスタについて (質問の前に、私はカストラートやその歴史についても色々調べています。その中でカストラートの発生にも興味があり、どのような声をしていたのか考えたりすることもあります。
最後のカストラートとされるモレスキーの録音も聞きましたが音質と彼の技術が全盛期のものとは比べ物にならないという話もあるので実際のところはもうわからないことを知りました。
その後ホルモン異常で男性ホルモンが分泌されずなどにより声変わりをしない"ナチュラルカストラート"と呼ばれる人たちがいることを知り、
もしかしたらカストラートにより近い声を聞くことができるのではないかと思いました。)

岡本知高さんや声変わりをしていないとされる有名な声楽家の方などの歌をたくさん聞いたのですが、 "Radu Marian"という方の歌を聴いた時とても衝撃を受けました。
彼の発声はどのナチュラルカストラートと呼ばれる人とも異なるように感じたのです。
彼は幼少より高度な音楽の教育を受けていたという点でももしかしたらカストラートにより近いのではないかと思いました。
しかし、私はまだ未熟者なので、その声がどのような発声になっているのかわかりません。
Bel canto や発声についてお詳しい方の観点から彼の発声や声帯の状態はどうなのかを教えていただきたいです。
また、カストラートについての著書でおすすめのものがあればそちらも教えていただけると嬉しいです。

以上2つについてお聞きしたいです。
長文になってしまいすみません。
どちらか一方でも、いつになっても構いませんのでお答えいただけたら幸いです。
よろしくお願いいたします!』 【原文のママ】

《当間です。所見を述べますね。》

最近、女性はファルセットに近い「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」で話される方が再び多くなりました。
それまでは男性のように胸声(地声と呼ばれている)に依った発声が目立っていたように思います。強く、低く、筋肉の収縮力の強い声です。この流れは社会の変化で起こったものと思われます。
一時話題になりましたが、女性アナウンサーの声がどんどん低くなって、男性の音域に迫る勢いでした。
それが最近ではまた元に戻ったといいますか、いわゆる高い音域の〈女性の声〉に上がって来ているのでは、との私の認識です。

発声においてしっかり認識して頂きたいのですが、要は声帯筋(甲状披裂筋)やそれを取り巻く筋肉の収縮力が(とても)強いのか、
あるいは「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」で大事な要素である、筋肉の弛緩、伸張性が(しっかり)働いているか、なのです。
繰り返しますね、大事な事ですから。つまり声帯筋などに伸張性が働いているのか、収縮力の方が勝っているのか、そのバランスが声質に深く関わっているのです。
声量がある、つまり声が大きいというのは歌手にとって大切ですね。その大きさや強さは筋肉の収縮性と関連していることは間違いありません。
(実は声の大きさを感じさせるには「響き」によっても達成できます。その詳細はまた別の機会に書くことにしましょう)
しかし、その収縮だけに頼っている発声は〈その先は行き止まり〉となってしまう。それは「声のひっくり返り」を発生させ、声は重たく、ピッチも定まらず、響きも低くなってしまう、という問題です。
ですから、伸張性をどれほどに取り入れるか、発声の大事な、重要な目標となるわけです。(これが「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」の声づくりです)
伸張の中に適切な収縮を施す。(収縮の中に伸張を取り入れるのとは異なります)

1.発声についての答えです。
《女声でも同じくmessa di voceを根気よく続けることでfinteを作ることができるのでしょうか?》
はい!作ることができます。ただ、困難であるでしょう。一番の解決法は「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」の声の中で練習すること。それが何よりも容易くなる方法です。

2.ソプラニスタについて
"Radu Marian"という歌手の名を初めて知りました。そして幾つかの曲の演奏を聴きました。その感想です。
Radu Marianの声はいわゆる地声です。演奏を聴く限りに於いては、ピッチは常に低いです。ただし、高音のある音域では「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」の響きが聞こえます。
その時の声は良く通り、充分な響きに満たされています(短い間ですが)。この時は恣意的な伸張性を施していると感じました。
しかし、その音域から離れるとまた地声に戻り、私には常に周りの楽器などと比べてピッチが低く(高次倍音が少ない)聞こえています。
Radu Marianの声帯は天性のものだと思われます。あの驚異的な高音を聞けば一目瞭然でしょう。
誰彼もが〈出すことが可能である〉とは思われません。(「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」によれば理論的には可能だと言われています。が、筋肉の強さなど、その他が整わなければ無理ですね)
カストラートについての質問もありましたが、これについては全て声帯の物理的な要素に拠る、とだけ記しておきましょう。
「音」はどのようにして発生するのか、という問題です。振動数、振動帯の厚さ、共鳴が決定します。

締め括りましょう。「発声法はどのように考え、練習し、声づくりをすればよいのか?」 そして、ここについにまたもやこの言葉に行き着きます。
「倍音」です!と。
「倍音」による音響づくり(声づくり)という課題に。
〔追補〕
倍音の響きある環境で育っていない人にとっては、解らない、信じがたい、何がどう違うか判別できない。ということになり、
逆に倍音の中で育った人にとっては、倍音を感じられない声質、響きはとても聴きづらく辛いものである。
というとてつもなく難しい?(実は簡単なことなのですが・・・・・・)問題と向き合うことになるのですね。
【倍音】によった声、敢えてこの問題を問う私です。

第65回「質問にお答えします〈2019/12/19〉」(この項終わり)


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