じゅずシュッツ

「シュッツの会」便り団内版に連載中のリレーエッセイ”じゅずシュッツ”よりお届けします。


                        1995 
        JANUARY           
                           「菱木 直子(ひしき)」
                                          の巻         

〜アルトパートマネージャーで、スポーツウーマンの菱木は、ゲレンデでは力強くかつ華麗な滑りを見せてくれます。
さて、彼女のお薦めは・・〜



人と人との出会いの中で忘れることの出来ない出会いがあるのと同じ様に、食べ物と の出会いの中においても忘れることの出来ないものがあると思う。
今日はそんな食べ物の中から
"この味を知ってしまった限り、もう忘れることは出来ないっ…"
と思った味を紹介させて頂こうと思う。

 なんといっても忘れられないのは新潟県新赤倉温泉にある「うどんの歩」というお 店の"アルプスうどん"である。
私とアルプスうどんの出会いは1989年2月の寒い冬の夜の事であった。
生まれてはじめて行った赤倉温泉スキ-場での出来事であった。
夕食を食べようということになり雪のふりつもる赤倉ギンザをザクザクと足音をたて、キョロキョロとあちらこちらを見回し飲食店を探しながら歩いていた。
バス停から4、5分程歩いた頃であろうか右前方にイタリアントリコロ-ルカラ-の店構えのスパゲッティ屋さんが見えた。

「おっ!やっと若者らしい食べ物を見つけたゾ」

なんて思いながらそのネオンの方へと歩いていった。
側へ立ち寄ると、ちょうどその横にもう1件飲食店があるのを見つけた。
それがアルプスうどんのお店"うどんの歩"であった。
私はどちらに入ろうかさんざん迷ったあげく大和魂が騒いだのだろうか、
同じ"めん"ならやはり和風!!と思いうどん屋へ入ることに決めた。
もし私がこの時スパゲッティ屋に入っていたならばたぶんこの"うどん"との出会いはなかったと思う。
そう思うと今でも私は心の底からうどん屋に入ってよかったと思うのである。


 うどん屋に入ることに決めた私たちは早速うどん屋へと地下の階段を降りていった 。
暖簾をくぐり席へ着くとカウンタ-の上にかかっているメニュ-を見まわした。
"なべやきうどん""みそ煮込みうどん""天ぷらうどん"おいしそうなメニュ-の中から変な名前のメニュ- を一つ見つけた。

        、、、、、、、
『おや、何じゃこれは…アルプスうどん!?
なんか奇妙な名前のうどんだな〜』


と思いながらも、気が小さいくせに人一倍好奇心の強い私は夕食を棒にふる覚悟で、この変な名前のアルプスうどんを注文した。
「おまたせいたしました」の声と一緒に私の目の前には黒い鉄の鍋が運ばれた。
期待半分、不安半分でそっと鉄鍋の上にかかっている木のふたを開けてみた。

"プ-ン"

うどんの湯気と一緒に何ともいえない木の香りが私の周りを漂い、私の腹のむしを襲った。
お箸を手に持ち、鍋の中をのぞくとうどんの上にときたまごの様なものがからめられ、その上には刻んだ海苔がたくさんふりかけられていた。
そっと鍋に箸を入れうどんを口に運び"ツルツル"食べてびっくり、な、なんととき たまごに似たその物体とは実はとろけるチ-ズだったのである。
私の憶測では、そのチ-ズは鍋に入れてから一度グラッと煮立たせたため見た目がときたまご風に化けたのではないだろうかと思っている。

"うどんの上にチ-ズ!?きもちわる〜い!!" 

と思っている人が大半だと思うが決してそんなことはない。
これがおいしいのなんのって、口や文では説明できないほどの美味であった。
まずとろけるチ-ズと海苔の合わせ具合、いまやチ-ズはチ-ズでなくなり、海苔も海苔ではない。
 うどんのめんは直径5mmほどでやや細長く延ばされている。
舌ざわりはツルッツルッでしこしこ噛むと粘りがありすごくこしがあるのである。
 ここでこの2つを見事に調和させているのが忘れてはいけないうどんの命であると も言われている"だし"である。
このだしが本当に説明出来ない程うまいっ!!
口でいうとにんにく和風ス-プというところだろうか。
文で説明するには"だし"には申し訳ないほどである。
やはりこれは現地に行ってのんでみないと分からないと思う。
ここで3つそろったところであのアルプスうどんが存在するのである。
まさにアルプスうどんは具、めん、だしの三味一体なのである。
私はあまりのおいしさにあっという間にツルツルとたいらげてしまった。
その後ゆっくりス-プを飲みス-プの底に沈んだとろけるチ-ズをせこせことお箸ですくい上げニヤニヤしながら食べるのである
う-ん、まさに絶品、こんな珍味、いや美味とは初めて出会った。
私のお腹も心も充分満たされ、そして大阪への帰路へとついたのである。

 その翌年の冬、また赤倉温泉へスキ-に行ったので、その時は友人を無理矢理"うど んの歩"へ連れて行き、アルプスうどんをすすめた。
「騙されたと思って食べてみて」と私はしつこく薦めた。
あまりのり気ではなかった友人だが、私のしつこいすすめに負けやむなくアルプスうどんを注文した。
 友人は一口うどんを食べたとたんに「んっ、おいしい!」と言いどんどんうどんを 口に運んだ。
その次の夜も2人は夜食を食べに"うどんの歩"へと足を運んだ。
友人は迷わずアルプスうどんを注文した。私はたまには違うものを食べてみようと思い、みそ煮込みうどんを注文した。みそ煮込みうどんも確かにおいしかったが、やはりあのアルプスうどんの味には勝てなかった。
笑顔でアルプスうどんをすする友人を横目で見ながら、私もアルプスうどんにしておけばよかったと心底後悔した。

あれから5年経ち、私のアルプスうどんへの思いは募る一方であった。たまにスキ-雑誌などで赤倉のアルプスうどんが紹介されているのを見ると私は何故か誇らしげに思うのだった。
 そんな中、今年の正月に赤倉温泉にスキ-に行くことになったのである。
私の頭の中はアルプスうどんが湯気をたててとろ〜りとろけていた。
大晦日の夜、皆で紅白歌合戦を見ていた。
私の心はすでにアルプスうどんへ向かっていた。
丁度小林幸子の出番が終わった頃であろうか。

『このままでは絶対に食べ損ねてしまう!!これではいかん!!』

と思った私は、ゆっくり椅子に座ってくつろいでいる先輩たちの手を子供のようにひっぱり、早くアルプスうどんを食べに行こうと誘った。

外は寒く、しんしんと降り続く雪が次から次へと町を覆い、宵闇を白く染めていった。
5年越しのアルプスうどんを飾るにはぴったりのロマンティックなシテュエ-ションであった。
宿を出たのが夜の11:00、宿から"うどんの歩"までは1kmちょっとあったので私たちは完全防備のスキ-ウエア-とポンチョで身を固めた。
30分ほど雪の中を歩いて私たちはやっと赤倉ギンザの中心にある"うどんの歩"へとたどり着いた。
嬉しさのあまり私はうどん屋が見えると思わず走り寄ろうとし、滑ってころんでしまった程である。
私は真っしぐらに地下の階段をかけ降りていき暖簾をくぐった。
店内は満席であり大賑わいであった。私はとっさに店員さんに何時まで営業しているかをたずねた。
閉店はAM1:00だったので何とかギリギリ間に合いそうであった。
30分ほどすると空くとの事だったので私は5年越しのアルプスうどんを食べに新赤倉から30分かけて歩いて来たと店員にアピ-ルし人数と名前を申し出、30分後にまた来ると告げひとまず"うどんの歩"を立ち去った。
 "うどんの歩"の丁度前にパチンコ屋さんがあったのでそこで30分暇をつぶすことに した。
こうして私は軍艦マ-チの鳴り響く中温泉街のさびれたパチンコ屋で年越しを迎えたのである。
明けてAM12:10、パチンコ屋を出た私たち一行は気を入れ直して再び"うどんの歩"の暖簾をくぐったのである。

 「いらっしゃいませ-、おまちしてました」

席に着いてから私は迷わずアルプスうどんを注文した。
うどんが運ばれるまでの時間、私はいろんな事を考えた。
一番の気がかりが、アルプスうどんが思っていた味よりもおちていたらどうしようということだった。
味がおちるということよりも、むしろ私の期待の方がふくらみすぎて期待外れに終わってしまったらどうしようかという事が心配だった。
いよいよ5年越しのアルプスうどんが私の目の前へ運ばれて来た。
ドキドキしながら木のふたを開いてみた。
うどんの湯気と一緒に木の香りが私の周りを漂った。

「う〜ん、やっぱりこれだっ!!」

思わず口の中に唾がわいた。
早速お箸を手に持ち、うどんを食べた。

「ん〜、おいしい!」

チ-ズもめんもス-プもほどよく調和され、私の期待通りの味であった。
三味一体はくずされることなく健在であった。
ス-プの味はやっぱり未だに口では説明できない味ではあるが、なんとなく、あのス-プのカギは全てにんにくがにぎっているのではないだろうか、というヒントを手に入れた様な気がする。
それともう一つ、うどんについてくる木のおたまだけが唯一5年前と変わっていて新しくなっていたことをつけ加えておこう。

みなさんも機会があれば是非ご賞味あれ!!


    赤倉温泉、"うどんの歩" アルプスうどん ¥750.   




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