深夜鈍行  機械屋のヒトリゴト 物知りご隠居さん  プロフィール
   


日々つれづれ

2024年6月10日(月)
『休息是為了 走更長遠的路(一休みはより長い旅のため)Rest is for a longer journey ahead』

映画『青春18×2 君へと続く道』
【なんて美しい映画だろう】
映画に対してこんな感想を抱いたのは初めてだ。

画面の色合い、背景、場所、時間の流れ、
全てが、登場人物の心の動きを補完していて、
それでいて、人の営みが美しかったのだ。

主役の二人が、台南の街を
バイクで二人乗りするシーン、
背景と相まって、二人のそれぞれの気持ちが見えて、
とても美しかった。

旅先で出会う人も、
どんな人か、見ているだけでわかる。

人々の有り様が、あまりに自然なので、
その場にいて、一緒に経験している感覚になった。

だから、知らないことも、
その後、知ることも、
その時、その瞬間に、共有する。

嬉しい感情、悲しい感情、
いろんな感情が、
その時、その場で湧き起こった。

映画を観ていて、
今まで、こんな風に心が動いた経験がない。

観終わってから、1週間経つけれど、
主人公の二人や、
その周りにいた人たちの事を思うと、
まだ心が動く。

こういう出会いがあるから、映画は面白い。

【What a beautiful movie】

I’ve never had such a reaction to a movie before.

The color tones, backgrounds, locations,
and the flow of time—all of these elements complemented the emotions of the characters,
making their lives appear beautifully poignant.

The scene where the two main characters ride a bike together
through the streets of Tainan, combined with the background,
vividly expressed their individual feelings, and it was incredibly beautiful.

You could discern the nature of the people they encountered on their journey just by watching.

The portrayal of people was so natural that it felt as though I was there,
experiencing everything with them.

This is why, even things we didn’t know at the time,
and things we came to understand later, were shared in those moments.

Happy emotions, sad emotions, and various feelings arose right then and there.

I’ve never experienced my heart being moved in this way while watching a movie.

It’s been a week since I watched it,
but whenever I think about the two main characters and the people around them,
my heart still stirs.

It’s these kinds of encounters that make movies fascinating.

2024年5月31日(金)
『通過点としてのマイルストーン(里程標)A milestone as a waypoint』

映画『ミッシング』
感じ方はそれぞれかもしれないけれど、
ここ最近の価値観の変化は激しい。

この映画は、
数年後に観ると、
「あぁ、こんな時代だったんだ」
と、言われるものになるかもしれない。

主演の石原さとみさんのおかげで、
映画にもかかわらず、
今という時代を生々しく切り取ったものになった。

それは娘を失った夫婦、その身内にとどまらず、
それを取り巻く環境も、
象徴的に描いていると思うからだ。

失踪したことを広く知らしめるためのネットが、
被害者である人に向けての刃になり、
それは別の人間にとっては、出世の道具になる。

人として踏みとどまろうとすれば、
見方を変えれば損をし、
企業では、評価されない。

でも映画を見る僕らは、その踏みとどまる態度が
正しいと理解している。

PCやスマホの前にいる、
何のとりえもない人間が、
それを使うことにより、残酷なことを行える。

フィクションなのに、
僕は殺意を覚えた。

そして、自分たちと同じような
隣にいるような人間が、
優しく弱く、真面目がゆえに、
開き直ることも、弁明することもできず、
語らないゆえに誤解される。

どこかで見た光景にあふれている。
出口のないトンネルのような映画だったが、
森優作さんの演じる主人公の弟が、
次へ進めてくれ、映画館を後にすることができた。

たぶん、まだ世の中は変わっていく。

この映画は【今】を切り取って永久保存した。

Everyone may have different feelings about it,
but the recent changes in values have been drastic.

This movie might be something that,
when watched a few years from now,
people will say, "Ah, this was what the times were like."

Thanks to the lead actress, Satomi Ishihara, despite being a film,
it vividly captures the essence of the present era.

It not only portrays the couple who lost their daughter and their relatives
but also symbolically depicts the surrounding environment.

The internet, used to widely publicize the disappearance,
turns into a weapon against the victim
and becomes a tool for others' advancement.

If one tries to remain human,
from another perspective,
they suffer losses and are not valued in the corporate world.

But we, the viewers,
understand that this steadfast attitude is the right one.

People with no particular merit,
sitting in front of their PCs or smartphones,
can commit cruel acts using them.

Even though it's fiction,
I felt a sense of murderous rage.

And people just like us,
the ones next to us, who are kind, weak, and earnest, end up being misunderstood
because they can't brazen it out or explain themselves.

The movie is filled with scenes we've seen somewhere before.

It was like a tunnel with no exit,
but the protagonist's brother,
played by Yusaku Mori,
helped us move forward and leave the theater.

Probably, the world will keep changing.

This movie has permanently preserved
the essence of [now].

2024年5月27日(月)
『「鳴り止まない音 The never-ending sound」』

映画『関心領域』
街中にいると
静かと感じていても、
実は、様々な音が混じった、
ゴォーっという音が聞こえている。

それは意識しなければ、変化に乏しすぎて
通常は聞こえない、意識に上らないようになる。

ただ耳を澄ますと、
車のクラクションだったり、
鉄橋を渡る列車の音が混じっている。

この映画が始まってから、
美しい風景の裏で、
ずっと鳴り止まない、ゴォーっという
何かの稼動音が聞こえていた。

あるシーン以後、
その背後の音は、音量を増し、
強弱に乏しくなった。

そこで何の稼動音なのか分かってしまう。

そして、またあるシーンの後、
その不愉快とも感じる低周波の音に混じって
人の悲鳴と、乾いた銃声が混じるようになる。

一体なんの音をサンプリングしたのかは知らないが、
個人的には湿度を含んだ、不愉快な低周波。

ラスト近くに挿入される、
同じ施設の現代の音の
軽く乾いた感じとは対照的だ。

とにかく終始、
音が耳から離れなかった。

When you’re in the city,
even if it feels quiet,
you can actually hear a continuous whooshing sound
mixed with various other noises.
If you don't pay attention,
it's too monotonous to normally hear
and doesn't reach your consciousness.

However, if you listen closely,
you can hear car horns or
the sound of a train crossing a bridge mixed in.

Since this movie started,
behind the beautiful scenery,
there has been an incessant whooshing sound of something operating.

After a certain scene,
that background sound increases in volume
and becomes monotonous.
That’s when you realize what the operational sound is.

Then, after another scene,
mixed with the unpleasant low-frequency sound,
you begin to hear human screams and dry gunshots.

I don’t know what sound they sampled,
but personally,
it was an unpleasant low-frequency sound that felt humid.

Near the end,
a modern sound from the same facility,
which felt light and dry, is inserted, contrasting sharply.

Throughout the movie, the sound never left my ears.

新米エヴァンゲリストさんの映画「関心領域」レビュー(感想・評価)をシェア ☆4.0
https://eiga.com/movie/99292/review/03860492/
#映画

2022年10月20日(木)
『ネジを作ること』

今週の朝ドラは、
主人公の地元の東大阪の町工場の仕事が、
どんな風に仕事を受けて、
役割分担して出荷に至るかを丁寧に描いている。

お好み焼き屋にいた飲み友達が、
いろんな業種だったことが分かる。
多分だけど、図面から転造の金型を作って、
装置に取り付け微調整しながら、
試作製造、本番生産に至る過程が、
今日までに描かれていた。

脚本家の人は相当取材したんだろうなと。

まいちゃんが本を教えてもらって、
自作の飛行機を少しずつ組み上げていく過程と、
お父ちゃんが新しいネジに挑戦する過程が
シンクロしているのに唸ってしまった。

しかもそのスタートが
生駒山から見下ろした東大阪を
二人で眺めるシーンからて。
今週は唸りっぱなしだ。

#舞いあがれ

2021年3月21日(日)
『写真の可能性』

ニューヨークが生んだ伝説の写真家
永遠のソール・ライター
2021.2.13 土−3.28 日

https://kyoto.wjr-isetan.co.jp/museum/exhibition_2103.html

実に面白かった。
もともとは何かで見かけて、
その色に魅力されたのが始まり。

写真の可能性がたくさん見られる。

面白いのは、1950年代、60年代の写真と
2009年の写真が並んでいるけれど全く違和感がないこと。

まだ未発表の作品があるらしいので、
これからも楽しみ。

視点も面白いし、
色使い(写真のなので取り込む色)、
構図、ピントも楽しい。

2021年3月15日(月)
『今も続いている』


「ロッキード」真山仁

数年前、外食していたころ、店に週刊文春がおいてあり
丁度連載が始まった時だった。
その面白さに、その店に通うという
本末転倒なことが起こっていたが、
諸般の事情で外食の機会が減り、
本にまとまるのを待っていた。

出版されたものは、600ページ弱あり、
辞書ほどの厚みになっていた。
この事件がマスコミをにぎわしていたのは、
僕が小学1年生のころ。
事件の意味が分かるわけもなく、
ただ、世間全般が、汚職にまみれた政治家
というレッテルを貼って大騒ぎしていたので、
よく知らないまま、悪い人なんだなと思っていたくらい。
でも、よくモノマネもされていたので、
良くも悪くも注目される人だった。

東日本大震災以後、近現代史の書籍をたくさん読むようになり、
新聞をはじめとするマスコミに関する見方もずいぶん変わり、
そんな時期に目にした連載だった。
インターネットやSNSもなく、
新聞、テレビ、雑誌が世論をつくっていた時代、
何が起こり、何が伝えられたのか、その結果がどうなったのか、
膨大な資料を基に書かれている。

カウンターメディアが無かった頃のマスメディアの力は強大で、
世論も、それのみに動かされていた。
あれほどの権勢を誇っていた田中角栄氏でさえ、
弁明のための対抗メディアを持たなかった事実は、隔世の感がある。

この書籍で明らかになった事は、
現在も別の形で、別の国も行っていることは明らかで、
それが世界の常識であることを改めて認識できた。

あのまま、角栄氏が総理を続けていたら、
日本はもっと違っていたんだろうな。
ある意味日本の転換点だったことを、強く感じた。

2021年3月11日(木)
『10年前のその日のこと』

東日本大震災で、思い知ったことの一つは、
過去の伝承の重要性だ。
いくつか読んだ記事の中で、
忘れ去られた碑に、津波の伝承が書かれていたり、
神社や仏閣の位置が、
かつて津波が来た位置だったりと言うのを
よく目にした。

一番驚いたのは貞観地震のこと。
東日本大震災があって初めて知った。
他にも、同じ場所で違う時代に起こった
津波を伴う地震を記録した古文書があった。
それを忘れ去ってしまっていたことに
ショックを受けた。

そして実は近年に、
地震と津波が一緒に起こった出来事があった。
1993年に起こった北海道南西沖地震だ。
奥尻島が津波の被害に遭った。
でも覚えている人は少ないと思う。
当時はYouTubeがなかった、SNSがなかった。

私たちが目にしたのは、津波が去った後の景色。
だから津波で何が起こるのか知らなかった。
東日本大震災で衝撃だったのは、
たくさんの人たちが撮影し、
アップした地震と津波の動画たちだった。

それは日本だけでなく世界中の人が目にした。
今でも見れる。
これほどの教訓は人類の歴史を振り返っても無い。
インターネットが存在する限りこの教訓は残るから、
今後、南海地震が起こる可能性が指摘されているけれど、
東日本大震災のことは活かされると思う。

10年前のその日、
大阪では揺れが感じられた様だけれど、
神戸ではほとんど気がつかなかった。
2時間休みをとっていたので、
早めに職場を出た時、
区の広報のスピーカーから
海岸に近寄らないでくださいと言っていたのを、
訓練って言ってたっけと思うほど
気がついていなかった。

気が付いたのは、電車に乗ってから。
ある男性が音漏れを気にすることなく、
ワンセグ放送を見ていた。
そこからは何かただならぬことが
起こった感じが伝わった。
慌てて僕もiPhoneにワンセグアダプターをつけ、
見始めた。

そこに映っていたのは見慣れない大津波警報
という文字と仙台に迫る大津波の映像。

そのリアルタイムの映像は今でも忘れられない。
映画でしか観たことのない光景が
現実に起こっている。
それと付き合っていかなければならない国土に
自分たちは住んでいる。
その翌日に書いた日記。



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