No.533 '03/11/29

オペラ「不思議の国のアリス」初演


熱海に一泊して東京です。
忙しさにちょっとエスケープ。
上野の国立西洋美術館で「レンブラント」が観られるということもあってその日程にしました。
レンブラントの1660年「聖ペテロの否認」が来ていると聞き、オペラの前に行くことにしたというわけです。
この絵にはいろいろ思い出があります。
私がバッハの作品を演奏する度に、引き合いに出して必ず説明するという「絵」です。
とにかく実物が観たかったわけです。
行って良かったです。
しばらく、その絵の前で佇んでしまいました。

さて、それから池袋へ。
音楽を生業(なりわい)にしている者にとってもそう「初演」に巡り会えることは頻繁にあるわけではありません。
「初演」に立ち会えること、それは嬉しいことでもあり、また楽しくもあります。
それが私のお気に入りの作曲家のものであればなおさらです。
木下牧子作曲、オペラ「不思議の国のアリス」(モーツァルト劇場20周年記念 特別公演)の初演、初日を東京芸術劇場 中ホールで観てきました。

鳴り始めた音楽に期待が満ちました。
幕開きの音楽にピッタリのファンファーレ、それでいてファンタジーに溢れた音楽が鳴り響きます。
少しして、牧子さんのあの独特の暗さ(失礼!決して悪い意味で使っているわけではありません)もあり、さてどのような舞台が立ち上がってくるかちょっと楽しみ。
それにしても、序曲が始まるまでのオーケストラの何と騒がしかったことか。
いわゆる、それぞれの楽器のウォーミングアップなんですが、開幕寸前には何とベートーヴェン・シンフォニーの「英雄」のメロディーが聞こえてきます。
最初はこれも演出の一つかなとも思ったのですが、私はとにかく気分が非常に損なわれてしまいましたね。
オーボエによるチューニングの後でもまだ一部の楽器がかってに奏していたのですね。これにはホント呆れてしまいました。

さて、舞台です・・・・・・。
良く動く歌い手、良く動くステージです。
踊り、かつ歩き回る。身振り手振りよろしく表現しようとの動きですね。お客の笑いも誘う、それは楽しいものともなりました。
ということで演出が面白かったです。テンポもよく、セリの上げ下ろしも効果的。小道具や大道具の動きにも神経が行き届いていて、冗漫さを避ける工夫がちりばめられた、というところです。

牧子さんの音楽、その構成はよく解り、工夫されたものでした。
全体に流れる、メルヘンチックな雰囲気、そして何よりもユーモアとウイットにも富んだその音楽は上質のエンターティメント性を提供します。
それに満足しながら私は舞台を観ていったのですが、一幕の途中から少しある思いが浮かんできました

レチタティーボ(全部音が付いていました)の動きがちょっと同じに聞こえるのです。
配役によっての性格描写が似通って聞こえて来るんですね。
私はもう少しアゴーギクやテンポ、音域の違いの変化を聞きたかったのでしょう。
また、それぞれの歌う音楽的クライマックスも似通ったものとして聞こえてきました。
旋律頂点の作り方(表現の仕方かな)の変化があまり無いと感じてしまいました。
ですから、「ここで来るな!」と期待するのですが、結果はそれほどでなく通り過ぎていきます。
音楽的には頂点を感じるわけですから、私が期待しすぎるのか、それとも演奏がそのことに応えてくれないのか・・・・・・。

演劇上の、あるいはオペラ的ともいうべき常套手法がいたるところで見え隠れしてます。
物語の循環性が行われていて、聴き手にとっても安心感と、まとまりの良さを感じさせます。
音楽的にも楽しい趣向もあって、調子っぱずれの「きらきら星」にはホント笑ってしまいますし、最後に登場するときにもこのテーマが響きます。(当然、調子っぱずれです)
また終わりの場面では登場人物によるそれぞれのテーマ音楽を重ねられます。
とにかくその意図も楽しさも私には感じられたのですが、なぜでしょうね。
もう一つ迫ってくるものに欠ける。

とくに最後の場面はもう少し説得性というか、簡潔ながら心に残る印象深さが欲しかったように思いました。(簡潔過ぎ、と聴いたのですね)

とにかく初演、初日の演奏は終わりました。
私は東京まで出た価値は十分だと感じています。

明日二日目ですね。
観られないのが残念です。
また違った舞台にきっとなることでしょう。

出演者の皆さん、主宰者、関係された方々のご苦労に身が引き締まります。
とくに牧子さんには本当にご苦労さまでした。
また、是非再演を観たいものだと思いながら帰阪中に書きました

No.533 '03/11/29「オペラ「不思議の国のアリス」初演」終わり