ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスと続くヴァイオリン属の
擦弦楽器(弓に張った馬の尻尾の毛で弦を擦って発音するから。
はじくのが撥弦楽器、たたくのが打弦楽器ですが、時々そうすることもあります)
の兄弟で二番目に大きいのがチェロです。
どんな種類の楽器でも(電子楽器は別ですが)自然界の法則で、大きいほ
ど低い音が出せますので、中低音を受け持つために作られました。
オーケストラを人の体に例えると、チェロは腰から膝にあたります。
第一ヴァイオリンやフルートが顔であり頭、第二ヴァイオリンが肩と腕、ヴィオラは胸腹部、コントラバスはチェロと共に全身を支えるくるぶし、といったところでしょうか。
チェロの音域について話を始めます。
ヴァイオリンと同様4本の弦をそれぞれ違う音高に合わせて使います。
4本の基本調弦は低いほうから順にC-G-d-a、五度調弦です(ヴィオラはチェロのちょうど1オクターヴ上、ヴァイオリンは更に完全五度上になります)。
これで、ヘ音記号の音域を(上下の加線も含めて)完全にカバーできます。
見かけからは想像し難いかも知れませんが、チェロの a 線(1弦)はヴァイオリ
ンの g 線(4弦)よりじつは高い音で、これがソロのときに威力を発揮します。
4本の弦はそれぞれ違う太さ(重さ)ですので、音色も異なります。
C線-G線-a線は各々バス・バリトン・テノールの声を持っていますし、d 線の中音域から上ではアルトの歌が歌えます。
基礎音域
伝統的には(特にアンサンブルに於いて用いられる音域は)、楽器のネック上で得
られる音の範囲を超えないという原則がありました。
すなわち、C(ヘ音記号の下第2線の‘ド’の音)から、g1あるいはa1(ヘ音記号の上第3線の‘ソ’あるいは上第4間の‘ラ’の音)までの約2オクターヴ半です。
これは、混声合唱の男声声部(特にバス)に対応する楽器として開発された経緯を
(楽器の機能と作曲技法の両面で)反映しています。
バロックの通奏低音(バッソ・コンティヌオ)がこの音域ですし、バッハ(1685-1750)の無伴奏チェロ組曲のような代表的独奏曲も(第6番を例外として)すべてネ
ック上の音 (C-g1)で書かれています。
モーツアルト(1756-91)の弦楽四重奏曲を例にとって見ても、彼の30歳までの
作品(『狩り』『ニ短調』『不協和音』等が含まれる)では、チェロが a 線の中央
のオクターヴを踏み越えることはありません。
ソナタや室内楽ではチェロの高音域をためらう事が無かったベートーヴェン(1770
-1827)ですが、シンフォニーのチェロパートに対しては(たった一度の掟破りはあ
りますが)上記の音域に踏みとどまっています。
ソロ楽器としての音域
とはいえ、いったん楽器として完成されると、その可能性を極限まで追求せずには
おけないのが、人間の(悲しい?)性です。
楽器としての完成から間もないバロック時代の後期でも、例えばヴィヴァルディ(
1678-1741)が20曲以上残しているチェロ協奏曲の中には(たいていは順次進行の音型ですが)音域を1オクターヴ近く高音に拡げたものも含まれていますし、もう少し後ですが、自身チェロの名手でもあったボッケリーニ(1743-1805)はソナタ、協奏曲、室内楽(特にチェロを2本用いた弦楽五重奏曲)にチェロの高音域を活用しています。
ハイドン(1732-1809)の協奏曲の中で、D-durとC-durの2曲は現代でも十指に数えられるチェロの重要なレパートリーですが、D-durの音域は4オクターヴを超えています。
さらに時代を下ると、コダーイ(1882-1967)のソロ・ソナタのような、5オクターヴの音域を持つ名曲も作られてきます。
こうなると、男声どころかソプラノの最高音までも含んでしまう事になります。
アンサンブルに於けるチェロの音域拡大
こうして先ずソロで獲得された音域が室内楽に取り入れられますが、同じ奏者が弾
くのですからこれは当然の流れと言えます。年代的な時間差は、作曲家も演奏家もほ
ぼ同世代のうちに達成されます。
それに対し、オーケストラでの音域の拡大は少なくとも一世代後になるようです。
理由は、内面的なものと外面的事情のどちらもあったでしょう。
大きな合奏では分業の要素が比較的に強くなります。そのなかで低音の支えというチェロ本来の守備位置を離れて高音に移す必然性を、作曲家が見い出し難かった事は想像できます。
また、名手の開拓したテクニックがある程度一般化するには、次の世代を待たねばならなかったでしょう。ヨーロッパの著名な音楽院の多くが相次いで設立されたのは19世紀中半ばです。
チェロのレパートリーについて、もう少しだけ話をひろげたいと思います。全てを
語る訳にはいきませんので、選曲は現時点の私の好みを反映します。
独奏曲(無伴奏)
バッハとコダーイを双璧とします。近代以降レパートリーの数は増えつつあります。
ピアノとの二重奏ソナタ
ベートーヴェン、ブラームス等は言うまでもありませんが、ショパン、ラフマニノ
フも味わい深いと思います(ピアニストが大変ですが)。