No.543 '04/3/4

真は「シンプル」なり


いよいよ明日から三日間にわたって東京での「合唱講座」を開講します。
思えば、その発端は東京でのコンクールの審査でした。

去年の晩夏でしたね。コンクールの審査を終え、ホームページ上で発声面での感想を書いたところちょっと反響を呼びました。
多くは「そうなのか」という同感に近いものだったと思うのですが、なかには感情的に反発しているような批判もいくつかありました。
それはきっと、私の書いた文章が幾分感情的であったことも原因だったかもしれません。正直、少し高ぶっていたかと思います。
まぁ、それだけ私にはコンクールで聴いた発声が驚きだったのでした。

それぞれが批判だけで終わっては建設的ではないですね。
そこで、私の提唱する発声を東京でも知っていただく機会を作ろう、ということにしました。
「手伝います」という人も現れて、今回のような「講座」となったしだいです。

20年程の軌跡をまとめた講座となります。
その軌跡はたぶん、ファルセットや高次倍音の重要性を説き、その応用を示す我が国での先駆けとしての軌跡ではなかったかと思っています。
それらのノウハウを知っていただき、実践を通して体験していただく、それが目的です。
第一日目は理論です。「声」についての知識。これが基本ですね
二日目は「個人レッスン」。聴講も含め、発声について幅広くその実践を学んでいただきます。1日かけて沢山の「声」を判断します。
三日目は「アンサンブル・レッスン」です。私が「アンサンブル」について<テクニック全て>をお教えします。もちろん企業秘密も教えることになるでしょう。(笑)

テキストを作りました。
書きながら思ったのですね。
<真>は<単純>という一言に尽きると。

良い声も、その響きも、そして音楽性も実はそのポイントはシンプルなんです。

複雑になり過ぎているように思います。
理論が理論を生み、それを受け取る者の知識もどんどん膨大になって手に負えなくなっているように思います。
それぞれの方法論に真実があるのも確か、しかしその多くが個人的な見解。
<方法>は普遍的で、確実であるとの思いが強く私にはありました。

そして到ったところは、全ては「自然」のなかにあるということ。

力みのない身体。
しなやかな身体。
こわばらない心。

これが全てです。
そしてそれを作り出しているのが

<呼吸>なんだ、というところに到りました。
良い声、響き、音楽性。これすなわち、<呼吸>に因っているというわけです。

複雑な呼吸などありません。
精神が宿る身体、これを維持し、強化し、コントロールできる呼吸が基本です。

真の方法とはシンプルというもののなかにある。
それを示すことができれば、私の提唱する「発声法」も<真>の一つになるのではないかと思っています。
ちょっと体力的にもキツイ三日間となりそうですが、その成果を問える楽しみは格別です。

No.543 '04/3/4「真は「シンプル」なり」終わり