No.582 '05/3/15

「名古屋ビクトリア」定演の感想を書いておきます


名古屋からも新しい合唱の響き、そして音楽を発進したいとの思いで合唱団を立ち上げました。
創立は2004年4月25日。一年間基礎作りをしての初演奏会、第一回定期演奏会を2005年3月12日「しらかわホール」において開催。

合唱団設立のいきさつを簡単にここに書いておくことにします。

ことの始まりは現副代表の平野 隆くん。彼が「大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団」の夏合宿に参加したところから始まります。(どうして参加することになったかはハッキリしないのですが、「参加しても良いよ」と私が言ったことは覚えています)
それが毎年引き継がれ、後輩の現代表の大島 一夫くんが参加。大学での合唱団の悩みを聞いているうちに私が教えるということに。
「医混」(名古屋大学医学部混声合唱団)の音楽アドバイザーに就任。
練習に名古屋まで出かけるのですが、ほぼ毎回酒宴の宴。(笑)
その席で大島くんが合唱団を立ち上げてはとの話。
「ビクトリア」の名前を冠しては、との誘いに乗ってしまったというのがその経緯です。

さて、第一回の定演の感想です。
主だったことは舞台での私のお喋りで言ってしまっていますが(笑)、まとめると以下になるでしょう。
1)良い意味でも、そうでない意味でも若い合唱団です。
2)その若さから来るエネルギッシュな部分が良い方向で現れています。
3)女声の響きが充実しています。(特にソプラノの力強い声はこれからの可能性を広げることでしょう)
4)バスの響きが気に入っています。(演奏中とんでもなく素晴らしい倍音を出しました。これは特筆すべきことです)
5)テノールは課題を残しているのですが、本番ギリギリまでそれぞれの課題に取り組み、また成果を出していました。この誠実さが信頼を生み出します。私がこの合唱団を好む第一の理由がここにあります。
6)歌が好きな人たちです。(練習を通じて「打てば響く歌心」を味わわせてもらいました。飾ることのない、音楽に対する誠実なアプローチが期待できることを確認した舞台でした。

団員一人一人の個性がまた素敵です。
濃いですね。オープンな雰囲気も好きです。
これらの団の雰囲気がこれからも舞台を華やかなものにしていくと思います。
また、そう言ったプログラムも組んで行くつもりでいます。
私の目的、名古屋から全国に発進する合唱団との思いは、充分に達成できるとの確信を得た演奏会でした。
期待して頂いて良い、そう断言できます。

当日のプログラムに書いた「あいさつ」を転載しておきます。私の「名古屋ビクトリア」活動の「始まりの書」です。

【あいさつ】

西洋宗教音楽史上における「ビクトリア」の魅力に強く惹きつけられたのはそんなに遠い昔のことではありません。
ハインリッヒ・シュッツを演奏しながらルネッサンス音楽にも触れ始めたころは、パレストリーナと並び称されていたという名前としての知識。
それは人聞きの、そして音楽書、音楽史からの情報です。
しかし、演奏をし始めたとき、同時代の作曲家との違いをはっきりと意識していました。
人の感情を揺さぶる「熱い思い」、深遠にして真摯な「宗教的情熱」が私の心を深く捕らえたのでした。

それ以来、「ビクトリア」を系統的に、あるいは全曲演奏を見据えての取り組みを計画したいと願うようになりました。
そうした思いの中で、名古屋に新合唱団を創立、そのメインに「ビクトリア」の音楽をという話が持ち上がります。
これはもうやるしかないとの決断です。
幸いにして、そのメンバーの母体ともなった「名古屋大学医学部混声合唱団」の響きも気に入り、その計画に拍車がかかります。

創立は2004年4月25日、一年以上の準備期間を設けての第一回演奏会という運びとなりました。
若い合唱団です。
課題も沢山抱えています。
しかし、練習を通じて感じるメンバーの熱い思いは頼もしく、確かで、堅固で、また爽やかです。
かならずや、唯一無二の素敵な合唱団に成長してくれるものと信じます。

プログラムはビクトリアの作品を中心に置きながら、様々な作曲家や作品をご紹介していく所存です。
特に我が国の作曲家の作品にも相当のウエイトを置きたいと思っています。

魅力ある合唱団づくり。毎回訪れる名古屋の街も楽しく、私のこの合唱団に対する期待はいやが上にも盛り上がります。

これからもどうぞこの合唱団をよろしくお願いします。

2005年3月12日           音楽監督・指揮者 当間修一



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