No.604 '05/12/31

書きたいことが一杯ありました


スキー場に来て、体調が戻りつつあります。
私は体をやはり動かさなければいけない人のようです。
運動が体と精神とのバランスを保つ役目を果たしているのでしょうね。

そういう私が少し好きです。
自分の嫌いなところ、直したいところ、引け目を感じるところなど、ちょっとドキドキしてしまうこともあるのですが、この「少し好き」な部分で自分をかろうじて保っています。(笑)
この数日間の風邪引き状態は別にして(これは溜まっていた今年の疲れからでしょう)、体調を壊し始めた去年の夏前からの変調は今年も続いていました。
それが徐々に今年は回復の方向に向いていっているように思います。(あるいは酷く悪くはなっていないということでしょう)
秋のコンサートシーズンでも何とかリハから本番まで立って棒を振ることができましたから。(しかしまだまだ完全に、とはいきません。少し不安を持ちながらのコンサート続きではありました)

スキーに来て(まだ一日目ですが)感じます。体が均衡を保つために動き始めているのを。
足の筋肉が待ってましたとばかり活発化し、脈が整い、息もスムーズなんですね。
こうなってくるといろいろ頭の中に浮かんくるものがあります。
秋口から更新が遅れていたホームページのこともその一つですね。
書きたいことが一杯あったのですが、仕事の忙しさプラス体調不良で書くエネルギーが乏しくなっていました。
メモっていたものが溜まっています。ずっと気になっていたのでしょう、今となってはタイミングを外してしまったようなものもあるのですが、今それらを思い出しながら書きたいと思ったこと自体、体調回復の兆しではないかと私としてはとても嬉しい状況なんですね。

アレンジのことを書きましょう。
昨年から私編曲することが多くなりました。
オルガンを弾いていたことや、棒振りの仕事ですから編曲はよくやってきました。
しかし、それは止むに止まれず、切羽詰まってしなくてはならない状態に追いやられての編曲。
つまりしたくてしていたわけではないのですね。
オルガニストというのは即興演奏ができなくてはなりません。また多くのストップの組み合わせを考えなければなりません。そのために必要なのは作曲技法と、オーケストレーションの知識です。
一つの単旋律を合唱用に編曲したり、いろいろな伴奏付けをしたり、実際に即した編曲が求められるというわけです。

しかし、昨年あたりから私が「編曲したい」と思うことが多くなりました。
そう思ったとたん楽しくなりました、編曲することが。
自分の中で今まで少し押さえていた作曲するとか、編曲する、ということがちょっと首をもたげてきたようです。
これからの話、つまらない話として読み飛ばしてください。
最初に作曲したのは小学校3年生。
実に、今思えば顔から火が出るような恥ずかしいものですが、それに至る過程は懐かしいですね。
6年の卒業式には私の編曲した歌を発表することになっていました。(残念ながら私の思わぬ発病〔はしか〕で実現できませんでしたが)
中学で数が増えました。吹奏楽に直したもの、その他いろいろです。
高校ではやりたい放題でした。(笑)
思いを寄せていた人に「セレナーデ」を書いたり、なんとこれは私のギター弾き語りで聴いてもらいました。
全校生徒の前で事前報告なく私が作った「行進曲」を演奏したり。(これはもう処分ものかと思ったのですが、先生は偉かったですね。後から譜面を見て「転調が違ってるよ」と頭から冷や水をぶっかけられたような言葉だけ。これは一生もののアドバイスとして今でも私の中で生き続けている言葉です。(笑))

そんな私ですから、オルガンを弾いたり、指揮することはその頃からもう決まっていたようなものです。
まぁ、それに至る現実はそんなに順調なものではありませんでしたが、とにかく、この「編曲する」ということは今、メラメラと燃えてきつつあるのかもしれません。
ただ、以前と違っていることがあります。
それは、自分の音楽的感性で原曲を壊すことなくストレートに表現したいということでしょうか。
仕方なく編曲をするのではなく、自らしたいと思い、またイメージもハッキリしている曲である、ということですね。

来年も増える予定です。(笑)
そして小さな曲でしょうが曲も作るかもしれません。
とにかく、今は作りたい気持ちが一杯なんですね。
どんなものができるか判りません。
しかし、私自身が楽しみなぐらい何が出てくるか興味津々です。
ひっそりと、しかし熱く「曲づくり」に燃える年末です。



No.604 '05/12/31「書きたいことが一杯ありました」終わり