('94/6/5)

第五回「現代音楽シリーズ」


演奏にあたって

フランスの11才の少年が、ドイツの作曲家で「歌曲王」として名高いシューベルトの「冬の旅」を偶然町の楽譜屋で見つける。彼はそれに魅せられ、飽きることなくその歌曲集の中から「からす」「菩提樹」「辻音楽師」を弾き続けます。特に「幻の太陽」は彼のお気に入りでした。
フランシス・プーランク Francis Poulenc(1899-1963)。
現代における最大の歌曲作曲家としての旅立ちはこうして始まっています。
そして、現在多くのファンを彼は持っています。
官能的な響き、洗練された書法、気品、精緻で詩的、そしてフランス人特有のウイットに富み、豊かな感情表現の中にも恥じらいのようなものを持つ彼の作品は、多くの人々を惹きつけ独特の香りを放ち続けています。
しかし、残念ながらその多くを生で聴く機会がありません。
その中でも特に、20世紀における合唱作品の中で最高傑作の一つである「人間の顔」は、その困難さからかCDなどで知られるだけです。全曲演奏としては関西で今回が初めてではないでしょうか。
第2次世界大戦の末期、詩人ポール・エリュアールの反戦詩に作曲されたこの曲は同じ抗ナチスの画家パブロ・ピカソに捧げられています。現代合唱音楽の中にあって、最も注目すべき作品の一つであるこの曲は8楽章からなる2重合唱。言論圧迫に対する人々の憎しみ、あざけり、静かな怒り、そして終楽章の「自由」への祈り、希求が激しく感動的に歌われます。
少人数の編成で歌われる方がハーモニーもアンサンブルも理想的なことは承知しながら、今日の演奏ではあえて多い人数で歌うものです。
自由への祈りは多くの声でもって表現したいと思います。
合唱団における合唱技法の水準が問われるところです。
オルガン、弦楽とティンパニーのための協奏曲はよく知られ、多くの人から親しまれている作品ですが、これもなかなか聴く機会に恵まれません。彼の作品の特色の一つである「俗っぽいもの」と「聖なるもの」が不思議と混ざりあった、独創的な、しかも最も力強い作品の一つとなっています。
今日では大編成の弦楽で演奏されるようですが、書法のスタイルからして今日の編成をとることにしました。分厚い響きではなく、輪郭が明晰になる響きがねらいです。
最後に演奏します柴田南雄の「自然について」はこの「現代音楽シリーズ」で一環して取り上げています柴田作品の大学生のための混声合唱曲です。
詳しい説明は省きます。柴田作品のことについての記述は作曲家自身や多くの本によって解説がなされるようになりました。それらを是非お読み下さい。
今の私にとっては柴田作品は紹介するという意味あいだけには留まっていません。
演奏の中に喜びがあります。音楽作品としての面白さに私は魅了されます。
今回の「自然について」は見事なテキストの選択(自然科学を一望させるにはこれ以外には考えられない程の、真に見事に選び抜かれたものです)と相まって、音楽作品としても興味深い様々な趣向が盛られています。言うまでもなく、今回も合唱団員はこのテキストを学びました。メンバー一人一人がその中から様々なことを感じとった思います。
今までの演奏では、演奏者達が会場を歌いながら歩くとか、演奏する場所を変えるとかで音源を移動させる珍しさが印象を強くしていた要因の一つですが、今日の演奏では、いわゆる合唱音楽の形態として定着している様式で演奏して見ようと思いました。
その音楽的な面白さ、巧みさを味わって頂ければ幸いです。
今後の私たちの活動の重要なポイントの一つは日本の合唱作品の演奏とそのCD化です。
私たちの音楽作り、ハーモニー作りの基礎は私が提唱し実践しています発声法に因っています。多くの方々からお誉めの言葉を頂いているハーモニーの純粋性、構成や言葉の明瞭さはこれに起因するものと思います。
これらの特色を生かしながら日本の合唱曲を新しい角度から演奏することが、その意図するところです。
日本を代表する作曲家を取り上げていこうと思っています。柴田南雄はその中でも重要な作曲家の一人です。
「現代音楽」は私にとって重要な意味を持ちます。今を生きる、未来に生きることの指針です。演奏することは生きるという意味の問いかけとなっています。
今日の演奏が皆様にとりましても意味あるものとなれればこれに勝る喜びはありません。

指揮者 当間修一





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