八重山毎日新聞社コラム

「やいま千思万想」No.111


【掲載:2017/10/19(木曜日)】

やいま千思万想(第111回)

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 当間修一

暮らしの中には楽器が豊富(2)

 楽器の話を書いています。
楽器は日進月歩しています。皆さんがよくご存知の楽器もそうですし、まだ見ぬ楽器、未だ聴いていない楽器が今のこの瞬間にも生まれ、響いているかも知れません。
国の数ほど、いや、人が居るところ、集まっているところに〈楽器あり〉です。
 音楽の歴史はものを叩くことから始まり、口ずさむ「歌」へ、そして「楽器」へと進んで来たと私は思います。
その「楽器」の中でも「打楽器」と呼ばれる部類のものは特別な位置にありますね。
始めにあった〈ものを叩く〉、これは楽器というにはまだ未熟なものだったでしょう。
しかしそれが発達し、皆が用いることができるようになって「打楽器」となりました。
でも、極端に言えば周りにあるもの全てが打楽器になる可能性があります。
それらを自由に用いる、それが「現代」という時代です。
その風変わりなもの、あるいは興味あるその可能性を考えてみたいと思いました。

 人間、誰しも何らかのビートを刻む行為があります。
それが規則性を持っているか不規則(自由)か、に大きく分かれますがとにかく心の衝動をビートとして刻みます。
日本人の場合、二拍子が基本です。
それも西洋音楽の二拍子とは異なって強弱の周期性がない、「間」の取り方が自由、というものです。(沖縄文化圏では少しその事情は複雑ですが)
「ドン・カッ、ドン・カッ、」とのあのリズム。〈ドン〉に強さがあったり無かったり、〈カッ〉に入る「間」が自由、という打ち方が日本人の〈基〉とする二拍子です。
この刻みを鳴らすことができるものは何でも楽器になります。
身の周りにあって叩いて響きが気に入れば、全てのものがその対象です。
木であったり、金属であったり、あらゆるものが「(打)楽器」となります。バケツ、筒状の棒、板状になっているもの、などですね。

 リズムといえば、「表打ち」「裏打ち」というのがあります。
邦楽では第一拍を「表間(おもてま)」、第二拍を「裏間(うらま)」とも呼ぶのですが、日本の打ち方は自由性が優先、〈ゆるい〉といっても良いかも知れませんね。
歌ったり、楽器を奏したり、そんな時積極的に手拍子だけではなくモノを打ってみてはどうでしょう。
擦るのも良いかもしれません。
聴いたり、歌ったりしながら自由にその曲調に合わせて鳴らしてみる、それが音楽の楽しみ方の醍醐味でもあるように思います。
演奏会場であれば一体感が生まれること間違いなしです。ただし、少しうるさくはなりますね。
まぁ、「静かに聴く音楽」、つまり鑑賞音楽であれば皆で参加型、とはできないのが少し残念。と思う私は、変な指揮者であります。
「グラス・ハーモニカ」なる楽器を紹介します。
簡単に言えばワイングラスの口の円周を濡れた指で円を描くように擦って鳴らすのですが、響いたその音の美しさといったら。もう、うっとりする音色です。
ワイングラスを18個並べて響かせる。近々、その音色をたっぷりと使った曲を演奏します。





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