八重山日報コラム
「ベートーヴェン」という名は多くの人が知っています。
それ以上に彼の「第九」は有名ですね。
年末はテレビのどこかのチャンネルで放映しているでしょうし、一度は演奏会場に行った、あるいは歌いましたよ、と言う人も増えてきていることでしょう。
本土では益々人口が増えていっているのではないでしょうか(一万人の「第九」なんてありますから)。
前回書いたようにこのような国は他にはありません。
他国でも慌てて日本に倣(なら)って追従しようとする動きがあるかに聞いています。
そのような曲を改めて解説するというのは気が引けるのですが、曲と一般的イメージが乖離(かいり)し、その内実が識られていないと感じる私としてはお節介をしてみたい思いなのですね。
曲は2管編成です。オーケストラは管楽器の数で規模を表すことが習わしとなっています。
その管楽器と弦楽器、そして打楽器などを合わせた数がオーケストラの人数となります。
「第九」の初演時はベートーヴェンの会話帳から推測することができるのですが、弦楽器(56名)と増強された(2倍)管楽器合わせてオーケストラ100名。
そして合唱団も約100名の計200名ほどで演奏されています。
これはアマチュアも動員されていたといいますから、さぞ初演は大変なことだったろうと想像できます。
初演以後しばらくは演奏されなかったことは以前にも書きました。成功説はどうも怪しいですね。
第一楽章:大規模なソナタ形式(提示部・展開部・再現部・終始部)で空虚5度と呼ばれている和音で始まります。不安と混沌から始まるわけです。
第二楽章:急速な躍動感ある三拍子(スケルツォ〔巧みな弁舌〕と呼ばれる舞踏形式)で戦いを表します。打楽器のティンパニーが大活躍。これは聴きものです!
第三楽章:深い祈りと瞑想。美しい憧れの世界、平和と理想郷でしょうか。
そしていよいよ第四楽章:ベートーヴェンが自身の思想を表すために構成する四人の独唱者と合唱付きの楽章です。
それまでの楽章を全部打ち消しながら、これが新しい歌だと提示するそのドラマティックな構成は何度演奏しても、何度聴いても感動します。
連帯と理想、人類愛を高らかに歌う「歓喜の歌」が現れるのですね。
この大曲、基本的に単純な主題から成っています。
それが作曲上の技巧によって無限の発展と可能性を持つわけです。
そしてそれがまた人間の歩みとも重なるのですね。
その魅力と言ったら。彼の理想を実現するためにはその全てを識って演奏するしかありません。
誠意ある練習の取り組みを通して(つまり心身との格闘を経て難曲をこなす)、一定以上のレベルでの演奏が不可欠なのですね。
人類が持ち得た最高の音楽作品であるこの曲を、主催者、演奏者、聴衆とが一体となって享受したいと強く思う私です。
是非聴いて頂きたい!そして是非歌って頂きたい。ただし、心と体を一体にしてですね。
(この項終わります。次回はバッハの奨めです)