執筆:当間


木下牧子作品展2「合唱の世界」管弦楽版・初演

混声合唱曲<邪宗門秘曲>


近代の詩人として、白秋の文学的位置を決定したのが第一詩集『邪宗門』。
ここには言葉と音楽と色彩、そして感覚と官能のはたらきを最も高度に生かした詩人を見ることができます。
萩原朔太郎と並んで音楽的性質が濃厚に表れた詩人です。

この詩、内容はそれほど難解ではないのですが、その魅力ともなっている漢字が難しいですね。 「音(おん)」として耳に入ってきても意味を想像することも困難です。漢字を見て感覚的に分かるものの、その読みと意味は初めての人にはなかなか読みとれないのではないかと思います。
試みにかなで書いてみましょう。

われはおもう、まっせのじゃしゅう、きりしたんでうすのまほう。
くろふねのかひたんを、こうもうのふかしぎこくを、
いろあかきびいどろを、においときあんじゃべいいる、
なんばんのさんとめじまを、はた、あらき、ちんたのさけを。

まみあおきドミニカびとはだらにずしゆめにもかたる、
きんせいのしゅうもんしんを、あるはまた、ちにそむくるす、
けしつぶをりんごのごとくみすというけれんのうつわ、
はらいそのそらをものぞくのびちぢむきなるめがねを。

いえはまたいしもてつくり、なめいしのしろきちしおは、
ぎやまんのつぼにもられてよとなればひともるという。
かのはしきえれきのゆめはびろおどのくゆりにまじり、
めずらなるつきのせかいのとりけものうつすときけり。

あるはきく、けわいのしろはどくそうのはなよりしぼり、
くされたるいしのあぶらにえがくちょうまりやのぞうよ、
はたらてん、ぽるとがるらのよこつづりあおなるかなは
うつくしき、さいへかなしきかんらくのねにかもみつる。

いざさらばわれらにたまへ、げんわくのばてれんそんじゃ、
ももとせをせつなにちぢめ、ちのはりきせにししすとも
おしからじ、ねがうはごくひ、かのくしき くれないのゆめ、
ぜんすまろ、きょうをいのりにみもたまもくゆりこがるる。

どうでしょう?
またまた読みにくいかもしれませんね・・・・・・。

参考に少し意味も書いておきましょう。
邪宗=キリスト教 でうす=天主 かひたん=船長 びいどろ=ガラス
あんじゃべいいる=カーネーション さんとめじま=インドのサントメ産の布
あらき=蒸留酒 ちんた=赤葡萄酒 だらに=祈祷文 くるす=十字架
けれんの器=顕微鏡 伸び縮む奇なる眼鏡=望遠鏡 はらいそ=天国 
大理石の白き血潮=石油 ぎやまん=ガラス えれき=電気 
腐れたる石の油=油絵具 ばてれん=神父 ぜんすまろ=イエス・キリスト

往時の切支丹伴天連にまつわるキリスト教と神秘的な伝説、そしてその人々がもたらした様々の品々。それは日本人がはじめて触れたヨーロッパの人とその文明に対する憧れと魅惑でした。
白秋はこの詩に人間が根元的にもつ官能の世界を色鮮やかに表現したのでした。
当時の耽美主義文学を代表する彼の処女詩集です。

楽譜は改訂を重ねて、今回は管弦楽による伴奏を伴った版となりました。
この曲想からしてピアノよりオーケストラのほうがよりふさわしいと思います。
この曲、牧子さんのリリシズムがひしひしと迫ってきます。
プログラムとしても、演奏会の最後を飾るに最適の曲でしょう。
しかし、演奏する合唱団にとってはちょっと酷な面もあります。とにかくハーモニーが厚く、pからfffまで音楽の緊張を解くことなく歌っていくものです。
心が熱くなるのはいいのですが喉がオーバーヒートにならないよう気を付けなければならないのですね。

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