執筆:当間


J.S.バッハ「クリスマス・オラトリオ(一部〜三部)」BWV248

01/12/24のコンサート・プログラムから転載


演奏にあたって

【解説】バッハ〔クリスマス・オラトリオ〕
聖母マリア、馬小屋の飼い葉桶に眠る幼子イエス、天使の群、羊飼いたち、東方3人 の博士たち、いづれも私たちの想像を刺激し、感動を与えてくれるクリスマス物語。
バッハはこの<クリスマス>のために6つの独立した音楽を一つにまとめた「クリス マス・オラトリオ」を作りました。
ライプツィヒのトマスカントールに就任してから11年目の1734年、バッハ49歳の時です。
第一部が12月25日、第二部が26日、第三部が27日。
第四部は年が明けた1月1日、第五部が1月2日、第六部が1月6日にそれぞれ演奏されました。
私たちにとれば12月25日が<クリスマス>というわけですが、当時の<クリスマス> とは12月25日から翌年1月6日(「顕現節」と呼ばれています)までをお祝いします。
イエス降誕に関するお話は始めの第一部から第三部に描かれます。
この時期、6部から成るこの「クリスマス・オラトリオ」を前半部(第一部〜第三 部)だけ取り上げる理由がここにあります。

楽曲構成は、シンフォニア(器楽曲)、合唱曲、レチタティーヴォ(話すように言葉 の抑揚をつけて歌われる曲)、アリア(レチタティーヴォに対して旋律的に歌われる 曲)、コラール(ドイツ賛美歌)から成ります。
バッハの「クリスマス・オラトリオ」がどのような特徴をもったものか知っていただ くためにも少し曲の流れとポイントを書いておきましょう。
ただ、「解説」は書き始めるとキリがありません。もうそれだけで一冊の本となる内容です。
概要を、と思うのですがそれをすれば中途半端な感じがするのも事実。
出来ることならば、解説を読まずに楽曲を<感じて>頂きたいというのが私の理想です。
しかし、お聴きになる際の参考になるのではないかと願って、日頃合唱団員に練習を通して解釈を示した中から、「これだけは」という内容を今回は書くことにしまし た。お役にたてれば幸いです。

【第一部】一曲目の「合唱曲」を聴けばもうクリスマスの気分です。
その祝祭的壮麗さを象徴する楽器編成(トランペット、ティンパニーが鳴り響きます)もさることながら、歌詞にある「歓呼して喜び、その日々を称えよ」と歌う時の なんと<心躍る>リズム、音楽であることか。中間部での壮麗で優美な部分を挟み、神を誉め讃え、救い主の誕生を喜び歌います。
レチタティーヴォでマリアが月満ちたことを告げられた後、アルトの有名なアリアが 続きます。救い主を花婿に例え、愛する人を待つ花嫁の心として、備え迎えることを勧めるのです。
さて、次に歌われる最初のコラール。これはあの有名な「マタイ受難曲」に用いられている<受難コラール>の旋律です。これこそ、この「クリスマス・オラトリオ」を 貫くメッセージ。

愛する人を迎える心得、それは受難へと向かう心得でもあるのです。

短く、イエスの誕生を述べた後に、コラール付きのバスのレチタティーヴォが歌われます(第7曲)。ここでは神の子が憐れみの愛によって貧しいさまで生まれたこと、そして神としてではなく「人」として生まれたことが語られて、第8曲目の「王」た る象徴のトランペットを伴うバスのアリアへと続きます。
第一部を閉じる合唱曲(第9曲)は、私たちの心が幼子の安らかな憩いの場となるこ とを願って歌われるコラール。フレーズごとに、トランペット、ティンパニーによる 壮麗で勇壮な楽想が挟まれます。(ここで歌われるコラールには後に歌われるコラー ルと関連性があり、意味深長です。その答えは後ほどに)

【第二部】羊飼いたちの前に天使が顕れ、救い主の誕生を告げる場面です。
1曲目はこの曲集のために新たに書かれた器楽曲、パストラーレ。羊飼いたちの夜の野辺を描く音楽です。
場面は続きます。
天使の近づきに驚き恐れる羊飼いたち。しかし、その怖れは驚嘆の喜びと変わります。人々の慰め、喜び、平和をもたらす幼子がこの世に朝の光のように輝き出るという知らせだったのですから。(12曲目コラール)
15曲目のアリアはテナーとフルートによる疾走の音楽。生まれた幼子を見るために急 いで駆けつける羊飼いです。
そこで見る飼い葉桶に眠る幼子イエス。(16曲目のレチタティーヴォ)
続くコラールがこの第二部の中心曲(17曲目)。暗い馬小屋に眠る幼子の様子を私たち一人一人に想像させる見事な編曲です。
次に、幼子を見た羊飼いたちに「子守歌」を歌いなさいと述べるバスのレチタティーヴォ、そしてそれに続くアルトのアリアがこの「クリスマス・オラトリオ」全曲中、もっとも有名な曲(19曲目)。
一転、天の軍勢が訪れての賛美です。(第20曲目レチタティーヴォ)
軍勢による「いと高き所には神に栄光」は圧巻。全楽器を伴う壮麗で、技巧的な掛け合いを繰り返しながら神を賛美して歌われる合唱曲です。
さて、第二部を閉じるクライマックスです。「一緒に歌い、喜ぼう」とバスのレチタティーヴォ(22曲目)。これに続く終曲は、天使、羊飼い、そして当時の会衆にも呼 びかけて歌われる全参加のコラールです(終曲の23曲目)。
この曲、第一曲目で用いられたパストラーレのリズムが刻まれて冒頭の羊飼いたちの夜の野辺を連想させます。しかしここでの旋律は高い配置による力強い全体唱和で す。
因みに、ここで歌われるのはクリスマス用のコラール「高き天より、我来たり」という有名なもの。何とこのコラールはこれまでに3回歌われているのですがお気づきで すか?
一回目は第一部の終曲(9曲目〔これが先の答えになります〕)。
第二回目は第二部の中心となるコラール(17曲目)。
そしてこの第二部の終曲です。
この終曲では17曲目で歌われた馬小屋の情景より5度も高く移されています。馬小屋 での有様が天への状況へと運ばれたかのようです。
場面ごとに姿が変えられた見事な編曲。そして第一部と第二部を関連づける巧みな手法です。

【第三部】イエスが生まれた馬小屋へと急ぐ羊飼いたちの様子とイエス訪問が描かれ ます。ここでもバッハの重要なメッセージが隠されています。
第三部冒頭の合唱曲は実に晴れやかで活気溢れる賛美の歌。それは幸いが確かなもの になったことへの神への呼びかけ、喜びの歌です。
この合唱曲の後、羊飼いたちが「さあ、ベツレヘムに行ってその出来事を見よう」と 互いに語り合いながらベツレヘムの馬小屋へと向かいます。
フルートとヴァイオリンによる早い音階が羊飼いたちの足早な様子を表現(26曲 目)。驚くべき事にバッハはこの曲のコンティヌオ(低音楽器群)の中に受難コラー ルをまたもや組み込みます。
残念ながらこのメロディーは聴衆には解りづらいのですが、作曲家したバッハ、そし て弟子たちにとっては演奏するごとにその意味を噛み締める意味があったことは間違 いありません。隠された意味、それはベツレヘムの道(馬小屋の飼い葉桶に眠るイエ スへの道)はゴルゴタ(十字架)への道。
「愛」ゆえに十字架へと向かうイエスを思い、またその道を追う(負う)ことなので す。
27曲目のレチタティーヴォ、バスによる羊飼いたちへの呼びかけを境にして、イエ スを使わされた神の愛を覚え、思慮し、慈しみを讃える内省的な珠玉の作品が続きます。
28曲目のコラールでは「主はこれらのすべてのことを私たちのためにして下さった」と歌い、29曲では「愛」の象徴であるオーボエ・ダモーレとソプラノ、バスに よる愛の重唱によって「主よ、あなたの優しい慈しみと愛が私たちを慰め、自由にするのです」と歌われます。
羊飼いたちの証しと報告、そしてそれを聞いたマリアの驚きは30曲目のレチタティーヴォで語られ、それに次ぐアルトのアリア(第31曲目)はバッハが作曲した中でも最も気高い曲の一つだとして知られているのですが、神の子の誕生、至福の奇跡をマリアと同じように心に深く刻むことの思いを敬虔深く歌いあげます。
第三部を閉じる曲は、真実を学ぶ心の備え(32曲)、イエスと共にあることの確かめと決意(33曲コラール)、そして神として、そして人として生まれたイエス誕生 の喜びを唱和するコラール(35曲)を配置し、第三部冒頭の晴れやかで活気溢れる 賛美の歌。幸いが確かなものになったことへの神への呼びかけ、喜びの歌を再び繰り返して終わります。

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