八重山毎日新聞社コラム

「やいま千思万想」No.65


【掲載:2015/11/05(木曜日)】

やいま千思万想(第65回)

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 当間修一

[さまざまな音世界 音律の話(その11)]

 西洋音楽の黎明(れいめい)期から現代までの作品をレパートリーとして毎日演奏している私にとって、また「音」「響」をつくる者として、その時代時代の〈音高を規定する〉音律が大切な視点であることを実感する日々が続いています。
 西洋音楽は「ピタゴラス音律」から始まりました。
最も良く調和する5度音程の響を次々に重ねて作った音階。12音を芋づる式に割り出し、13番目にはオクターブ上の最初の音(第1番目の音)になる、としたのでした。
 この音律、1人で歌っている時は問題なかったのですが、複数のメロディーを重ねて同時進行する歌が現れた時、不協和な響きが起こることになります。
それを緩和するために調整が成され、「純正律」を登場させました(ケルト人がもたらしたとされる第3音、ドミソのミが調整)。
しかし、この純正律、鍵盤楽器には不都合なことを起こします。それは曲中で〈調性〉が変わる「転調」の際に起こります。そのために「純正律」は歴史上から消え去ってしまうことになりました。
無伴奏で歌っている限り問題はありません。鍵盤楽器を伴奏に用いることで、「転調」の際に大問題が起こったのですね。
 さて、ここに現れた「調性」という言葉も判りづらいですね。
あえて説明すれば、音楽には、というか曲のなかで歌われるメロディーには中心になる音が存在します。その中心音を巡って関連づけられた音を配置することによって、曲は気分や色を作り出している、この音のまとまりの機能を調性と呼びます。
その中心音を曲の中で移動させ、異なる「調性」による差違を味わおうとしたのが「転調」と呼ばれる作曲上のテクニックです。

 「純正律」の時代に転調に弱い鍵盤楽器のために考案された音律。
それが後のヘンデルやモーツァルトが愛したと言われる音律「ミーントーン(中全音律)」です。
15世紀の初めには発見されていたのですが、17世紀から19世紀にかけて広く用いられました。
この音律、「純正律」に調整を施したもので、完全な5度音程の響きを犠牲にして3度音程の純正を保ち、優先させた音律です。美しい3度に対してこれまで純正だった5度は微妙に唸りを生じます。
しかしこの音律「ミーントーン(中全音律)」、鍵盤楽器の調律を簡単に行うことができるのと、まだまだ転調・移調の適用範囲が狭かったとはいえ、鍵盤楽器の実用化を可能としたことで演奏実践型の最初の音律となりました。
純正律と比べれば当然、協和する和音と不協和な響きとが際立つことになる音律だったのですが、かえってそのことで色彩感が増すという特徴を持つこととなり西欧で長く愛され、多くの作曲家たちに支持され続けました。(イギリスでは1800年代中頃までオルガンに適用されていたようです)
バロック末期の「感情過多様式」と呼ばれる特異な一派(大バッハの次男、エマヌエルが先覚者)があるのですが、それもこの特徴を持つ音律によってこそ生まれたものだったのですね。
(この項つづきます)





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