八重山毎日新聞社コラム

「やいま千思万想」No.96


【掲載:2017/02/16(木曜日)】

やいま千思万想(第96回)

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 当間修一

音楽の新しい時代の扉を開いたモンテヴェルディ(No.2)

 通称《ヴェスプロ》と呼ばれる名作を書き残し、今年生誕450年を迎える、クラウディオ・モンテヴェルディ(Claudio Monteverdi)という作曲家紹介の2回目です。
邦訳が「聖母マリアの夕べの祈り」。
この作品の聴きどころをお伝えし、魅力を感じて頂きながら、人間の知的な思考、そして物理的な音響などの不可思議さについても知っていただければとの思いで書いています。
 この曲を演奏する者にとって直ちに思い知らされるのは、西洋と東洋との音響の違いです。
石造り、煉瓦造りの空間と、土と木、紙で作られた空間、その生活様式の違いを嫌というほど認識させられます。
エコー(こだま・やまびこ)効果。つまり〈こちら〉で歌ったものが〈あちら〉から少し遅れて聴こえる、といった音響があります。
また、方向的に右から聴こえてきたり左から聴こえてきたり、前方からも後方からも、上からも降ってくるかのように聴こえてもきます。
前後左右、空間の全てを利用した西洋の音響です。素晴らしいと思われません?

 今やオーディオの世界ではサラウンド〈surround〉という〈取り巻き音響〉とでもいいましょうか、これらを模して舞台前方からだけでなく、客席後方や左右、天井からも音が聞こえて来るような立体音響の仕組みがありますが、それが機器によってではなく実際の空間で体験できるのです。

 また、この曲で繰り広げられる音楽は、歌や楽器の専門家による難易度の高いテクニック、名人芸がずらりと並びます。
喉で素早く音符を刻んだり、軽く柔軟な声や楽器音が旋律に華麗な装飾音を即興的に付け、日本の〈こぶし〉となった東洋からの影響も見受けられます。
西欧の先人たちが脈々と研ぎ澄ませてきた伝統的な技です。

 というわけで、この曲をライブ演奏する計画を立てようとすれば、力量ある演奏者だけでなく、先に書いた音響的にみても作品の魅力を発揮できる演奏会場の選定に困窮してしまうことになります。
良いホールが日本にも沢山在ります。
音響的にも欧米には引けを取りません。しかし、ホール全体を演奏場とできるホールはそうあるものでは無いのですね。
ステージ以外は演奏するようには図られてはいないからです。
無理矢理、客席を使って演奏する場所を確保するといったことはできますが、それとて全体にとって音響が良いとは限りません。
 モンテヴェルディの時代は宮殿の広間や、教会が演奏の場でした。
特に、教会では至る所で演奏できる場所があり、多分《ヴェスプロ》の一部が初演されたと思われるイタリア・マントヴァの聖バルバラ教会はまさにそれに適する建築様式で、モンテヴェルディもその教会から音響、スタイルのアイデアを得たものと思われます。
 この曲にはそういった問題をはらんでいます。
しかし、たとえそのような問題が立ちはだかっても、演奏したい欲求が溢れる傑作中の傑作です。
次の機会には用いられた楽器について書いてみます。
(この項、不定期に続きます)





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