八重山毎日新聞社コラム

「やいま千思万想」No.139


【掲載:2019/1/24(木曜日)】

やいま千思万想(第139回)

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 当間修一

委嘱作品の初演は「涙」が止まらないステージでした

 石垣島の底地ビーチでみた夕日を思い出します。
日が沈んでいく、その厳威(げんい)のさまに体中が感動し、凜(りん)とする自分と、安堵にも似た豊かさが生みだされていきます。
夕日を見るのは時を忘れるほどに好きです。
沈みゆく太陽が放つ光の色が刻々変わっていく。その色を一体何と言って表現すれば良いか、言葉を失うほどに美しく、深く心にも沈んでいく。
石垣島の素晴らしい風景の一つです。

 私が指導している大阪の大学合唱団の第60回を記念する定期演奏会が過日行われました。
その記念事業として「委嘱作品初演」のステージがありその指揮を振りました。
学生たちが選んだのは本土では人気作曲家の一人、信長貴富氏。その氏が選んだ詩と曲に心が動きました。
テキストは漢詩や和歌を現代的に訳したもので、若者の恋愛詩として全編太い骨格を貫いています。
若者たちに絶大な人気のある作曲家だけに、さすがと言うべき選択です。

テキストは、まず杜甫の漢詩〈春望(しゅんぼう)〉。
『国破山河在(くにやぶれてさんがあり)/
城春草木深(しろはるにしてそうもくふかし)/
感時花濺涙(ときにかんじてはなにもなみだをそそぎ)/
恨別鳥驚心(わかれをうらんでとりにもこころをおどろかす)/
烽火連三月(ほうかさんげつにつらなり)/
家書抵萬金(かしょばんきんにあたる )/
白頭掻更短(はくとうかいてさらにみじかし)/
渾欲不勝簪(すべてしんにたえざらんとほっす)』
意味は、〈戦乱によって都は破壊し尽くされたが、大自然の山や河は依然として変わらず春を迎えて草木も生い茂っている。
花を眺めては涙を流し、家族との別れはつらく、鳥の声を聴いては我の心が痛む。
闘いは三ヶ月の長きにわたり、家族からの便りは万金にも相当する貴重なもの。
心労のために白髪となった頭は一層薄くなり、冠を止めるかんざしもさすことができないほどだ〉ということでしょうか。
もうひとつ、在原業平(ありわらのなりひら)の和歌からも選ばれて曲集が閉じられます。
歌った学生たちの姿と詩の内容が重なり指揮する前から涙ぐむ私。
そして演奏会を閉じるアンコールの曲に選んだのは同氏に「私の最も大切な歌です」と言わしめた高田敏子の「夕焼け」。
この曲、私には石垣の夕日と重なり美しいグラデーションの色彩が脳裏を染めます。
「夕焼けはばら色、世界が平和ならどこから見てもばら色。それが・・・・・・火の色に、そして血の色にみえることなどありませんように・・・・・・」と綴ります。

これらの詩を現代の若者たちが真摯に意味を噛みしめるようにして歌う。
本土の多くの学生たちによって各地で氏の作品が数知れず歌われる。詩との同調はどこにあるというのでしょう。
信長貴富氏のお母さんは広島で被爆。ご本人は被爆二世。作品に流れる音楽魂はその事と無関係ではないはず。
ご本人はいたって温厚、静かな語り口ながら音楽は激しい!
記念演奏会は私にとっても学生たちにとっても、「涙」のステージとなりました。





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