八重山日報コラム
2016年4月、そして本年7月28日に起きた最大震度7の熊本地震は惨憺たる被害をもたらしました。
【掲載:2026-08-09(日)】
音楽旅歩き 第273回
「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 當間修一
【風化と忘却そして沈黙(黙殺)の行き着くところは】
特にテレビで何度も流される「大型商業施設」の大爆発にはその破壊力の凄さと、人災の要素(店舗の従業員に対する指示)も加わって重苦しさを感じさせる毎日が続きました。
この日本での地震や台風などによる災害には国の政策が最も必要だとの思いも強くしています。都道府県や市区町村に対応を任せるには酷すぎます。
ただこれを機会に建物やインフラの耐震化に関心が向いたのは今後の取り組みに一筋の光明を見出すことになったかもしれません。だからこそ、国が積極的に、大々的に取り組むことが必要だと言うことでしょう。
国を挙げて、区画行政を越えて助け合う道筋を作ることが望まれます。
どうして熊本なのか!二度も起こっています。「令和8年熊本地震」と命名された今回の地震も多くの被災者を産みました。「避難所」として利用される学校・公民館・体育館の環境が悪すぎます。地震による死者もさることながら、その後の環境によって亡くなる方が少なくありません。これは自然災害ではなく人災です。
更に、あの「大型商業施設」の大爆発を見ている間に思いました。戦争時もこのような状景ではないかと。あのような爆発が何処にでも起こります。見境なしに(多分狙ってくるのでしょうが)爆弾が襲ってきます。その度に人が亡くなります。一般市民が亡くなります。そして、それを呆然とみている人たちがいます。そこに生活を営む住民で無く、他の地域に居る住民が恐れを持ちながらも、為す術無く、傍観しています。
なんという悲劇でしょう。それが「戦争」です。「勝った」「負けた」と言った悠長な事で無く、まさに地獄絵が展開するのです。誰もの目前で!(一部の人は逃げているでしょうが)
この原稿を書いているのはあの日、投下から81年を迎える「8月6日(1945年)」[広島原爆の日]です。
戦争を無くすのに「話し合い」なんて子供じみた意見で、やはり「力による攻撃」には「力による防衛」でやり合う(殺り合う)べきだとの意見があります。しかし考えてもみて下さい。攻撃によっても防衛しても「人は亡くなる」のです。
殺し合いの思考をなくす以外に人類の幸福・平和は訪れません。
8月9日には「長崎原爆の日(1945年)」がまた来ます。
人類史上初めて、唯一の被爆国です。その国の言動は世界からは尊ばれるものでしょう。しかしながらこの国では「建て前と本音」が浸透し、まかり通っています。これでは被爆者や戦争で亡くなった人たちの魂が鎮められるわけはないと私は思います。
これまでも地震や台風といった自然災害に対しても分な対策はとられているとは言えません。この国は慣れすぎているのでしょうか。我慢強さが勝りすぎているのでしょうか。もっと国に対して現状を伝えるべきではないかと、その事が義務(この言葉は堅すぎますか)ではないかと強く思います。被害に遭われた人たちの「真の心の声」を聴きたいです。