八重山日報コラム

「音楽旅歩き」No.272


【掲載:2026-07-26(日)】

音楽旅歩き 第272回

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者  當間修一

【「切腹」と「首実検」という文化】

 戦国時代から江戸時代初期にかけて行われていた「切腹」、武士が名誉を守るための儀式で、それは闘いの失敗に対する引責や主君への忠義を示すためのものでした。これは「名誉」でした。そしてこの「切腹」は抗議や覚悟の表明、つまり信念や責任を示すためにも行われました。明治に入ってこの儀式は廃止され、違法となりましたが、我が国では文化の基層として根深く繋がっているのではないかと思ってしまいます。
 どうしても「一億総玉砕」という文字が浮かんでくるのです。江戸時代からおよそ400年経っているというのに。これは〈国民一人一人が最後の一人まで戦い、降伏するよりも名誉ある死を選ぶ〉という考え。我が国の敗戦が色濃くなった第二次世界大戦末期でのスローガンです。
恐ろしいこと、と私は思います。表向きは降伏より徹底抗戦を強調しているようにも受け取れますが、沖縄戦での、一般人に軍が手榴弾を渡して、いざというときに使って囚われないように自ら命を絶てとの命令。
「死ね」と国が押しつけてくる、命令してくる。命を守るために「戦え」でなく「死ね」と。最後まで「勝つ」「勝利する」「生き残って国を守る」ことの模索ではなく、諦めて、潔(いさぎよ)く「死ね」と。
 これが我が国の戦いの歴史です。「名誉のための死」との思い。
武士が産んだ歴史の中に「首実検」(実験ではなく実検です)というのもあります。戦場で討ち取った敵本人であるかどうか、その首を確認する儀式です。残酷ではありますがこの時代、認めて貰うための方策とすれば致し方ないことだったかもしれません。記録などによれば、首は綺麗に洗われ、髪も整えられたそうです。残酷だったけれど、一応死者に対する尊厳の思いもあったのでは、と思います。(身分相応に見せるとの対処だったかもしれませんが)
 けれど、第二次世界大戦時には「死」というものに対してとても冷淡な眼差しを感じます。一人一人の「命」を見るのではなく「国」と「民」としてしか見ていない。つまり一握りの為政者と命を預けた(預けたわけでないのに)人々と。そして為政者は時として「命を献げよ」と民に言う。個人の命を見ず、感ぜず、他の人々の命に対して憚(はばか)ることなく強く言う(無神経極まりない)。
 命を粗末にしてはなりません。他人の命も粗末にしてはなりません。
〈他人が都合良く定めた「名誉」〉です。その言葉に惑わされることなく、祭り上げられることなく、一生を全うしましょう。
どうして人間は「命」を「他」との関係で捉えるのでしょう。大切な事は、「命」とは唯一無二な「個」としての存在だと言うことです。だから〈ぞんざい〉にできない、永遠性を持っている、ということです。
「命」を他人に預けることはやめましょう。自らを「断つ」ということもやめましょう。今の時代、戦国時代からの「武士」の死の儀式(形)ではなく、せめて彼らの「死」との対峙から生まれた究極に研ぎ澄まされた「精神」を考えましょう。それならば武士もまた格好いい!





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