執筆:当間


木下牧子作品展2「合唱の世界」

無伴奏混声合唱<ELEGIA>


「ELEGIA」(今回のプログラムの中で、この曲のみ現在出版されています)は、詩人、北園克衛(きたぞのかつえ)明治35年〜昭和53年〔1902〜1978〕のシュールな作品です。

木下牧子さんは出版楽譜の前書きに以下のようなコメントを書かれています。

北園克衛を、難解な作品を書く実験詩人、として敬遠する人がいるが、私は、彼のリリシズム溢れる、美しいガラス細工のような世界が大好きだ。それらの繊細な世界が、一瞬目を離したすきに、すべて裏返ってシュールな世界へと直結してしまうのも、面白い。
20年前に77歳で亡くなったとはとうてい思えない感覚の新しさ、みずみずしさだ。
曲を歌う際に詩を分析する人は多いだろうが、細部の意味に固執するのでなく、感覚や色彩、リズムで捉えて楽しんでほしい。そのほうが曲への理解がしやすくなる。
今回は、実験的な作品はなるべく避けて、リリシズムとシュールな感覚がいいバランスで混在する、私好みの詩を多めに並べてみた。
音楽的にも、ドラマをぐいぐい盛り上げるのでなく、PやPPを中心とした透明で柔らかい響き、あくまで軽やかで哀しげな表情、神秘的な空間の広がりなどを、上品に表現したいと思った。作曲するのがとても楽しかった。
モダニスト詩人 シュールレアリスム運動を起こした北園克衛。
20歳代の初め頃から絵を描いていたことが影響してか、絵画的な感覚世界の詩を書きました。
当時の我が国のモダニズムは「意味の断絶」が詩の主題であり、合い言葉。
シュールレアリスム、それは詩に「意味」(ここでの「意味」とは<思想><論理>)を読み取るのではなく、感覚世界を読みとる、ということでしょう。
「パウル・クレエの絵のような簡潔さをもった詩」と評した人もいます。

一曲目「ELEGIA」
<Elegante>と表記され、四分音符=108という少し早めのテンポの指定。
3/4拍子(「ミニアチュールでした ね 」というテキストの部分が4/4)、全70小節。

メランコリーな色調、孤独感が漂うこの作品をエレガントの中に表現します。

二曲目「奇妙な肖像」
<Misterioso> 四分音符=58、4/4拍子(時折4/5拍子)。

空虚な世界。論理を嫌うゆえにオブジェ(物象)は感覚的に扱われます。
「神秘的」と指示された譜面からはリリシズムが広がります。

三曲目「春のガラス」
<Sentimentale> 四分音符=120(部分的にテンポが遅くなる箇所がある)
4/3、8/5、4/4、4/2拍子の混合、全76小節。

軽やかさを伴いながらも感傷に満ちた際限のない孤独感。
牧子さんの透明感あるハーモニーが魅力です。

四曲目「秋のスピイド
<Tranquillo> 四分音符=48。
4/4拍子、全19小節

深まっていく秋の寂しさ。それは詩人の心でもある。
ゆったりしたテンポの中に絵画的な心象が描かれていく。見事なまでの寂寥。

終曲(第五曲目)「ソルシコス的夜」
<Misterioso> 付点四分音符=40。
8/6拍子(部分的に8/9拍子が用いられる)、全65小節。

北園の詩のオブジェ配列の美学が表れる代表作「ソルシコス的夜」。
詩に現れる動的な美を捉えて、牧子さんは3連の八分音符に動的なリズムを刻ませる。これが素敵。

「無伴奏混声合唱のための<ELEGIA>」の項を終わります。

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