執筆:当間


木下牧子作品展2「合唱の世界」新作初演

無伴奏女声合唱<あけぼの・春は来ぬ>


テキストは島崎藤村(明治5年-昭和18年〔1872-1943〕)の詩集「若菜集」から採った<あけぼの>、<春は来ぬ>。
形態は無伴奏女声合唱。今回が初演です。
<あけぼの>の詩は、

藤村が仙台の東北学院の教師時代に書いたという「若菜集」。
近代詩潮流の時代にあって確固たる地位を樹立した詩集。明治二十年代末の青年の喜びと嘆きとをロマン的に、そして、上品で優しく美しく歌い上げたものとして当時の若い人たちの共感を呼び、大きな反響をもたらした。
時代の新声を伝える、我が国の近代詩の夜明けを告げる詩集です。

<あけぼの>、この女性的といえる詩調を木下牧子さんは四分音符=44という遅いテンポで進めて行きます。
女声3部の各パートをdivisiしての六声部。全69小節。
四分の三拍子(時折四分の四拍子を挟みます)、漆黒の闇の中、ほのかに色を染めていく光のようにアルトの持続音d音が16小節間続く中で、声部が絡み合い、揺れ合いながら感覚的情感の移ろいを響かせていきます。
かなり意表を突いた音程と和音の響き。半音程を含んだその響きは官能的、一種恍惚なものさえ感じさせます。
「鳩にふまれてやわらかき」における和音の響き、そして音の運びとリズムはその触感の柔らかさの表現として巧みです。
官能的なまでに、吐息のように、あけぼのの心象が深く響きます。

<春は来ぬ>の詩は、

八分の九拍子で四分音符=60のテンポ。
全81小節。
女声四部合唱、さらに時折各声部でdivisiします。(アルトは3声部に分かれるところがあります)
新生の春を迎える喜びが一拍3連のリズムの中に表され、和音は調性的で、全曲が明澄な響きで貫かれます。
ゼクヴェンツの動きが軽快感を生み、後半に多く現れる一拍2連のリズムと一拍3連のリズムの合わさりは面白い効果を生んでいます。
「さみしくさむくことばなく まづしくくらくひかりなく みにくくおもくちからなく 」のリズムは、詩のリズムと対応して軽妙です。
なお、作曲の際、都合によって詩がカットされているようです。
用いられた詩は以下のようになります。

春はきぬ
春はきぬ
初音(はつね)やさしきうぐいすよ
こぞに別離(わかれ)を告げよかし
谷間に残る白雪よ
葬(ほうむ)りかくせ去歳(こぞ)の冬

春はきぬ
春はきぬ
さみしくさむくことばなく
まづしくくらくひかりなく
みにくくおもくちからなく
かなしき冬よ行(い)きねかし

春はきぬ
春はきぬ
浅みどりなる新草(にいぐさ)よ
とおき野面(のもせ)を画(えが)けかし
さきては紅(あか)き春花(はるばな)よ
樹々の梢(こずえ)を染めよかし

春はきぬ
春はきぬ
霞(かすみ)よ雲よ動(ゆる)ぎいで
氷(こお)れる空をあた々めよ
花の香(か)おくる春風よ
眠れる山を吹きさませ

春はきぬ
*(春はきぬ)
*(春をよせくる朝汐よ)
*(蘆の枯葉を洗ひ去れ)
霞に酔へる雛鶴(ひなづる)よ
若きあしたの空に飛べ

*(春はきぬ)
*(春はきぬ)
*(うれひの芹の根は絶えて)
*(氷れるなみだ今いづこ)
*(つもれる雪の消えうせて)
*(けふの若菜と萌えよかし)

*の部分がカットされている箇所です。

「新作初演<あけぼの・春は来ぬ>」の項を終わります。

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