八重山毎日新聞社コラム

「やいま千思万想」No.12


【掲載:2013/10/03(木曜日)】

やいま千思万想(第12回)

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 当間修一

[島の貴重な財産の記録保存を]

 私が楽曲を勉強する際、先ず手がけるのは作品の背景調べです。
作曲家の年譜や性格を知り得るエピソード、そして時代の特徴などです。。
それらを総合して楽曲解釈を施します。。
決して音符だけを見て演奏できるわけではないのですね。。
大事なのは演奏前にどれほどの資料を読み解くかにかかっています。。
そこでいつも感じることなのですが、日本ではなかなか資料が揃わなく、あるいは保存場所も定かでないということ。。
資料そのものが少ない、いや無いに等しい状況なんですね。。
それは何故か?どうも記録をしない、保存しない習性がこの国にはあるようです。。
時間を歴史として刻む、出来事を記録して後世に残すという考え方が希薄なのかもしれません。言い伝えはあるのですが、文字や絵としては少ないのです。。

 その点、欧米ではなにがしかの資料がいずれかに残され、保存され、後年発見されることがよくあります。。
それらを探り、読み、作品が持つ意味を考える。そして再生、再現させる。指揮者としての仕事ですね。。
資料はあらゆる視点から記される方が良いです。。
当事者は勿論のこと、携わった関係者、ましてやその時代に生きて見聞きした人たちの意見や想いも綴られていれば第一級の資料となります。。
その上に立って解釈され演奏されたものは、新しい感動を生み出す大切な心のエネルギーとなり、作品が持つリアリティーに常に光が当てられ魅力を発揮し続けます。。
作品はいつの時代にあっても磨かれ続け、そして人々を強くつなぎ合わせる芸術作品となるのです。。

 八重山の大切な文化や歴史、その史跡や伝統芸能も同じです。。
沢山の資料が記録され、保存されなければなりません。当事者だけのものでなく、関心を持つあらゆる人々の想いや見聞きされたものを記録して保存すべきです。そうしなければ、真の意味において共通の財産とはならないだろうと思うのです。。
私は石垣島に帰ってくる度に史跡や名所、施設に訪れたいと思っています。。
 今でも私の脳裏に深く刻まれているのは「唐人墓」、そして「明和大津波遭難者慰霊之塔」です。。
「唐人墓」に伝えられている石垣島民の行動はもっと広く知られて良い歴史でしょう。。
 島と島民の気質と特性を知る上にも大切な事件でした。墓の前に立つ度に心が凜とします。裏に刻まれている名前の彫りにも島民気質を感じ、島の良さを再発見する私です。。
 そしてもう一つの史跡。「明和大津波慰霊之塔」。。
初めて訪れた当時は場所も探しにくく案内図や標識がなかったですね。。
大切な「史跡なのに!」と、その時強く思ったことを思いだします。。
この歴史も是非広く知らしめたいことの一つです。。

 島民の貴重な財産となる島のあらゆる出来事を記録し、大切に保存していって頂きたいと強く思いますね。。
誰もが歴史上の証言者として様々な角度から綴っていく。言い伝えられ、書き記され、そしてしっかりと保存されていく。。
それが島の誇りに繋がると確信するものです。





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