八重山毎日新聞社コラム

「やいま千思万想」No.213


【掲載:2022/5/12(木曜日)】

やいま千思万想(第213回)

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 当間修一

人間の中に棲む「善」と「悪」 自然の静けさがそれらを鎮める

  5月のゴールデンウィーク、都会を離れて静かな地を求めて小旅行をしてきました。
「新型コロナウィルス」感染防止が緩み始めた時期、名だたる観光地は人で溢れると予想しましたから「閑静」な田舎へと向かいます。
電車に約2時間揺られ、目的地近くの駅に着きます。大阪を出て車窓に映る景色は青色が輝く山並みへと変化していきます。
その色鮮やかな青、緑、黄色、茶色のグラデーションが何と心をワクワクさせたか!
幸運にも旅行中は眩(まばゆ)いばかりの晴れ日が続いたのですが、その初日、忘れかけていた強烈な印象を焼き付けられたのでした。
一泊してから、いよいよ目的地へと近づきます。
レンタカーはどんどん山へ山へと深く分け入ります。
「分け入る」とは可笑しな表現かもしれませんが、実感は「かき分けながら進む」といっても良いぐらいの道程です。
人家が少なくなり、車は色鮮やかな山と山との谷間を走ります。対向車もあまり通りません。ですから人影も見えません。深く、深く、何処までも山間が続きます。
車の後ろ座席にのんびりと座り(運転はメンバーが努めてくれています)、移り行く景色に見とれ、
味わいながら「ここに住む人たちはどうのような日常を過ごされているのか」などと想像は膨らんでいきます。
それはとても豊かな心地良さでした。

 今回の目的の一つに、合唱団のメンバーの実家へ伺うということも含まれていましたから一層興味が湧いてきていたのでしょう。
「こんな山深いところから京都へ、そして大阪へ。こりゃ大変だ!」とびっくりするやら感心するやら。
そしてそのメンバーに案内してもらった彼女の実家の地(畑)は広く、時期は田植えの頃なのですが草花が整えられているかのような田畑。
今は田植えをする人手も無く、眠っているとか。

 突然浮かんだ「勿体ない!」とは畑仕事がどれだけ大変な事か知らない者が言う戯言(たわごと)でしょう。
なのに整えられているように見える原因は「鹿」だそうです。鹿が草花を食べ尽くしてしまうそうです。ただ嫌いな草だけを残して。
静かでした。泊まった宿も静か。
観光客を避けた事もあったとは思うのですが、こんなにも人の気配を感じない空間は久しぶりでした。
いやこれは始めての体感だったかもしれません。それが現実に起こってみるとその「静けさ」と「畏怖」というものがとても近いことに気付かされます。
正にこれこそが「自然の中に居る人間」の原点、その姿なのでしょう。「耳」が研ぎ澄まされ、「眼」が漆黒の中に光を感じ、香りが心を緩やかに揺らせます。

 訪れた地の素晴らしさはそれだけではありません。
それは山の向こうに拡がる日本海の眺望。山上から観る「湾」は曲線を描き、大海へと繋がっています。山と海、その隙間に営む人々の暮らし。
山からの恵み、海からの恵み、それらへの畏怖を持って感謝の中に生きる。

 人間は厄介です。面倒な生き物です。
その人間の中に棲む清濁(せいだく)。
鎮められるのは自然とその静けさだと知ります。

 



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