八重山毎日新聞社コラム
我が国の民ほど勉強嫌いが多い、を思い知らされる昨今。
【掲載:2025/11/27 (木曜日)】
やいま千思万想(第296回)
「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 當間修一
【一国の長の言葉は重い 煽るのでなく「智」を発して欲しい】
「戦艦」など世界には存在しないのにその言葉を使用して危機を煽る人が居る。
想像は前時代的。またはアニメの世界に居るよう。
民も外交において米国との関係がいかに不平等なものであるかを知らないかのようであるし。
その民に向かって、国の長は「存立危機事態」という曖昧な意味の言葉を使ってある想定の方向へと導く。民は「敵が向かってくれば当然闘う」と単純に思う。しかし、本当に闘えば、つまり戦争となれば実際闘えるのか。国力が、軍事力が足りているのか。ただ「武器を増やせば良い」というのは余りにも単純すぎる。そのような軍事力増強が何を生み出すか、何を失うかを真剣に考えた上での思いなのか。事は単純では無い。深く、広く考えなければ歴史の逆戻りとなることは必然で、あの悲惨な光景がまた繰り返される。
と思う時にいつも頭に浮かぶ事があります。〈本当に事が起こった時、己の命を投げ出す想像ができているのか。煽った人は事の前線で戦うのか。そこでも煽るだけで自分は安全な所に居ようとするのではないか?〉。指揮を執る人間が責任を取れるのか。我が国の歴史において長が責任を取ることは少ない。ほぼ無いといって良いほど。「無責任」というだけでは済まされない「犯罪者」となることを平気で遣って退(の)ける。「知らない」ということは本当に恐ろしい。
「長い物には巻かれろ」という諺があります。これは誰しもが持つ処世術でしょう。生き抜くための、身を守るために用いる術(すべ)です。意味は説明する必要も無い「権力や勢力が強い相手には、反抗せずに従っておく方が賢明である」ということ。これは実に我が国では徹底的に根付いた習性でしょう。
DNAに刷り込まれている国民性なのかと思うほど、空しい思いが湧いてきます。
追従している方が楽です。ですが、一時的に得をする事が有ったとしても、追従する方が命をかける場合も多い。主導者は上に書いた例のように無責任。ですから追従者が盾となり、主導者が利を得る。これを理不尽であると言って何が悪いか、です。
言葉は要注意です。意味は使う人にとって様々に異なる。歴史的にも異なる。それを一つの意味として使うことは本当に要注意です。我が国では、我が国でしか通じない言葉が沢山ある。表現豊かな言語であることは確かですが、その用い方によってはこんなに〈無意味な言語〉もまた無い。
いまだに"X"(旧Twitter)は罵詈雑言(ばりぞうごん)が溢れています。その内容と云えば使われている言葉に対する意見ではなく相手の人格を揶揄(やゆ)し、傷つけるだけのものになっている。
"X"では仕事としての投稿もあるらしい。深く考えることなく金銭が絡んだ投稿、だから稚拙な攻撃となる。
いつもこの言葉で書き終わるのですが・・・・・・、「無知」はいけません。無知ほど悔やまれるものはありません。「知識」を尊び、命をかけてでも取得する努力をしませんか。