八重山毎日新聞社コラム
世界の情勢が日々矢継ぎ早に変わっていくこの頃。いよいよわが国にも大きな選択が迫られている。
【掲載:2026/03/19 (木曜日)】
やいま千思万想(第302回)
「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 當間修一
【日本中にはまだまだ外国観光客は多い。見聞きしているだけで外国に来ているようだ】
1つ間違えれば戦争に巻き込まれる危険が今やってきたのだ。
賢い選択をしなければ戦後80年の今新たな戦争が起こるかもしれない。
誰もがそれを想像できていないのじゃないかと思う。何処にいても普段と変わらない日常があるようだ。何処に行っても外国人が多くなっている。以前は中国からの観光客で溢れていた観光地は、今や西洋の人が増えている。
最近、京都や名古屋、東京へ出かける機会が続き、その主要駅で外国の方々に前方や後方から取り囲まれながら歩くのも困難だ。あのどでかいキャリーを引っ張って。脚に引っかかって躓(つまず)く、ぶつかる、人が多いと言うのは本当にストレスが溜まる。
しかし、最近の観光客は礼儀正しい。ヨーロッパ系が多いからでしょうか。目と目が合えば笑みで挨拶を交わすし、また向こうからも近づいても来る。フレンドリーだ。カフェに入れば気取ることなくテーブルのハンバーガーをかぶりついている。
つい先だって京都のカフェでの事。聞こえてくるのは英語での会話。たどたどしい会話なので英語圏の人々でないのはわかる。しかし外国人同士が英語でコミュニケーションをとっている。
会話の内容が耳に入ってきて、我々の会話が途絶える。たわいない彼らの会話なのだがなぜか気になって聞いてしまう。不思議なもので聞いているうちにその音の響きが音楽のように聞こえてくる。実に英語(欧米語)は音楽的なのだ。これが日本人の配慮の足りない会話なら、ただキンキンとうるさいだけ。
そのうちに私は疲れていたのか眠ってしまっていた。内容も聞きながら気持ち良く寝ていたのだ。
何がそうさせたのか?一人体格の良い男性がいて、その声はかなり大きいが心地良く伝わってくる。
うるさいとは感じないのだ。カフェの空間を満たすかのように朗々と響き渡っている。滑舌が良く、はっきりと聞こえてくる。多くの日本人の内緒話であるかのような会話とは対照的。日本人の会話からは取り澄ましての、なんだか秘密めいている気持ちの悪さを感じる。
私たちが話している事はたわいのない話。多分外国人の内容とそう変わらないだろう。誰が聞いていても遠慮するような話では無い。ただ、時折笑い声や驚きの声で大きくなった時は周りを見渡す配慮はする。それは少しオドオドしていることに違いない。外国人グループは周りを気にせず大きな声を出している。
それはとても私には解放的に見える。反対に、日本人の会話はとてもプライベートな秘密の会話のようだ。テーブルの周りにカーテンがあるかのように閉ざされている。それはとても閉ざされた世界に映る。音楽的な音響と、どうしても気になってしまうひそひそ話。すでにコーヒーは冷めている。
店に飾られている興味をそそるインテリアを味わう楽しみはどこへやら。自分自身を楽しめる場所は段々と狭められていくようで、都会暮らしも疲れます。