八重山毎日新聞社コラム
まだまだ女性は生き難(にく)い、とお察し申しあげる。
【掲載:2026/07/16 (木曜日)】
やいま千思万想(第310回)
「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者 當間修一
【世間は思うようには理解しない 世間って残酷?かもしれない】
まあ、男性もそうなのですが比べものにはならないんじゃないでしょうか。
男性の人生が一直線のイメージなら、女性は曲線が何重にも絡んでいるイメージ。女性の方が男性よりも人生の選択肢が多いということではないかと思うのです。
ですからまことに悩み多き、デコボコで難所の多い茨の道を歩む人生かと。
根本的な問題は生物学的存在としての女性。つまり子どもを産む「性」であること。
ただし、ジェンダーの問題では無く、子孫を残し人類を繋ぐ役割を担う女性です。だからこそ、女性が「女性」に悩むということなのでしょう。
女性が一人の人間として生きていくためには「男社会」との関係をまず問われるというもの。男性社会である現代の日本ではその社会で生きるという事が実に生き難い。その社会の壁となるものをどのように越えるか、あるいは壊して、向こう側の社会へ出るかが大問題となるのです。
男性から見ると女性は「攻撃的な怖さ」と、全てを包み込む「抱擁力」という相反する性格を合わせ持つ、前にたちはだかる巨大な岩石のように見えます。
潜在的な力は男性とは桁違いに大きいというのに、現実は虚弱と思われて(そのように思わされて)いる。いやいや、女性はそんなに弱い者ではないです!
ただ、今の日本では個人としての強さを示せば「叩かれ」「脅され」る。つまり男の前には出るな!と。
いまこの日本では二つのタイプが目立っている。一つは、一人の人間として社会と闘う女性(当然叩かれ、敗れる)。もう一つは、男社会に取り込まれて、いや、自らおもねって溶け込む女性(当然、伸し上がる)。
自身の「能力」だけではない「権力」と闘うしたたかさを身に付けなければならない。しかし、成り上がった強い者(権力者)の方が「したたかさ」においてより勝っている。いつの世もこの力関係は変わらない。
この日本、まことに働けば疲れて、果てる。一方、おもねり、媚びれば出世が叶う。
何だか釈然としません。「どうすれば良いか?」と私が考えるのはきっと権力者とは反対側に居るからでしょう。この時点で私は弱者かも。
れいわ新選組の代表・共同代表辞任に関するニュースを感慨深く見ての思いでした。
関係者の思惑は様々。諺(ことわざ)を思い出します。【暖簾(のれん)に腕押し】〈手応えがなく、張り合いがないこと〉、【馬の耳に念仏】〈いくら言い聞かせても聞き入れられない〉、【糠(ぬか)に釘(くぎ)】〈手応えがなく、効き目がない〉、【柳に風】〈逆らわず、さらりと受け流す〉とか。これらの思いが深いほどその落胆は大きい。
政界は伏魔殿。染まれば悪魔に成る。その世界で生き抜くためにはその住人との付き合いはそこそこにして、他に「仲間と仲間を応援する仲間」を作って互いに協力していくことです。しかし今は個人がバラバラで目立っている。
・・・・・・気になって仕方がない女性がいます。それは言わずと知れた我が国のトップです。