八重山毎日新聞社コラム

「やいま千思万想」No.311


【掲載:2026/08/13 (木曜日)】

やいま千思万想(第311回)

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者  當間修一

【そして・・・・・・、もう誰も 何も言わなくなった】

 人間にとって一番恐ろしく、怖いことは「喋らないこと」です。喋られないではなく、喋らないことです。一段とこの国は喋らなくなった。
一部の知識人、ジャーナリストはしっかりと喋っているし、これからも喋ろうとしています。しかし、えせ(似非)たちは喋りすぎるし、それは歪んでしまった言葉に成りました。
 二番目に恐ろしいことは、「聴く耳を持たなくなること」です。正しいことに耳かを傾けず、また誰からの言葉にも耳を傾けることが出来ない事です。こちらは本当に多い。勿論、真摯に向き合おうとする人もいますが、それは実際に社会的影響力を持てない若者たちです。責任を負っている大人たちは無視を貫く。白々しく「知らん顔」をする。
 そんな国から脱したいと、戦後81年を迎えて強く、強く思う。喋る側も、聴く側も、もっと真の平和を考えるべきです。日常の中、生活の苦や悩みをもっと共有すべきです。本当の、根にある責任を追考するべきです。
 「愛」について語りましょう。「恋愛」についてももっと語り合いましょう。「争うこと」「戦争」については後にして楽しく語り合いましょう。
そうでないと真の平和は訪れないと思う。
 あれから81年目の迎える原爆の日。「広島・長崎」の日がまた訪れました。
 ・・・・・・記憶が薄らぐ、思いは枯渇する。それを待っている人たちが居る。「忘れるのを待って・無かったことにして」利益を追求しようとする人たちだ。
もうこんな愚劣なこと(ばからしく何の価値もないこと)は止めにしませんか?
人を、隣人を亡くしてまで追おうとする利益とは何でしょう。まったく矛盾しています。人が居ない市場、生活を支える人が居なくなる〈繁栄の経済〉とは。欺瞞です。
 口先だけの「曖昧な言いよう」に不信感を持ちませんか?
過去に我が国はその言葉、そして「煽る言葉」によってあの悲惨な戦争を起こし、そして原爆があったことをもっと考えませんか?
 その火種は今、足許にある、と私は思っています。経済についても、国の安全保障についても、また様々に生活と直結している事柄についても、突っ込んで真っ只中に入っていきませんか。観ましょう、考えましょう、語り合いましょう、広げましょう。
 私の命は人に左右されない「私の命」です。命の尊厳は私たち一人一人が持っている生きる権利です。誰彼の思うようにはさせません。それが「平和」への鉄則だと思います。
恐怖を煽る言葉には冷静な判断が必要です。もしそれが真実に基づいての話と思ったならば語り手をよく観察しましょう。真実なら(であれば)とっくにその人は逃げているはずです。本人が余裕で、偉そうに喋っているなら先ず疑ってみるのが肝要です。
 いまこそ語り合いませんか。全ての世代で、世代を超えて様々なことを語り合いませんか。もちろん究極の「戦争」についてもです。
そして、「もう誰も、何も言わなくなった」とは絶対に成らないよう(させないよう)にしませんか!





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