八重山日報コラム

「音楽旅歩き」No.39


【掲載:2014/09/14】

音楽旅歩き 第39回

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者  当間修一

[変化に応えられる「アドリブ」が思いを伝える]

 最近言葉が出てこなくて困ることが多くなりました。
滑舌も以前に比べれば鈍くなったように感じて「私も年なんだなぁ」とため息をつく昨今です。
言葉が出てこないのは滑舌の問題だけではなさそうで、脳にある言葉の引き出しからなかなか速やかに引っ張り出すことができないのが原因のような気がします。
 文章だと少し時間をおけば思い出すこともあるのですが、喋りや会話の時には困ります。
相手を待たせてしまうこととなって話が途切れてしまうからですね。
名前が思い出せないのが一番困るのですが、物の名前、心情を表す言葉、事の関係を表現するフレーズ、単語が出てこないのにも閉口です。
阿吽の呼吸の、よく知り合う仲の相手だとこちらが詰まれば助け船を出して言葉を補って繋いでくれたりするのですが、初めての方だとか最近知り合った方だと緊張もあってか気まずい時間が流れることになって冷や汗ものです。

 私は人前で講演するとき、原則として原稿は書きません。
小さなメモ用紙に、忘れそうな、あるいは間違ってはいけない言葉を幾つか書いて持っていくだけです。
すべてその会場での雰囲気で「話の掴み」や「テーマ」への筋道を摸索し(依頼されたテーマは勿論外しません)喋り始めます。
言葉を紡ぐことは、聴き手の注意をこちらに惹き付けてこそ成り立つのではないかと思うのですね。
前もって準備した原稿では、とっさに起こる事態や反応に対応できなくなります。
つまり空気が読めない、聴衆の心の動きに対応できなくなることが多くて、空気が白けていくというか、会場は熱い空気には成りにくいのです。
 勿論、内容を上手く伝えるための全体構成の組み立ては準備します。
これには十分な時間をかけて準備します。
構成が未熟だと、いくら言葉に長けていても、抑揚に富んでいても、喋り上手だと褒められることがあっても、肝心の内容が伝わっていないことが多いです。これは今までの体験からそう思います。
 内容を伝えるべく充分に練られた構成と、講演する中で次々と変化していく聴衆の反応に機敏に応えられる「言葉選び」、それが必要なのですね。
それでこそ思いの内容が伝わるということになります。

 つまり「アドリブ」です。
その重要性なのです。ラテン語ではad libitumと書きます。自由というニュアンスが含まれているのですね。音楽で使われるところのインプロビゼーション(インプロヴァイゼーション) improvisation(英)、即興です。
 即興性の強い音楽家は魅力的です。
実は演説もそうですね。
選挙などの演説にはなおさらその要素が必要だと思うのですが、いかがでしょう。

 衰えてきた記憶力。
記憶は繰り返し思い出すことで衰えを防ぐことができます。
時間をおいて何度か思い出すことを繰り返すことですね。
言葉の引き出しをどんどん新しく作ること。
そして頻繁に引き出しを開けて取り出して使うこと。
喋る、書く、そして歌って使う、ということなのですね。





戻る戻る ホームホーム 次へ次へ