八重山日報コラム

「音楽旅歩き」No.119


【掲載:2018/05/27(日)】

音楽旅歩き 第119回

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者  当間修一

パウル・クレーと新進作曲家の作品

 先日、真新しく産声をあげた新作の曲を演奏しました。
作曲家(安井恵一氏)はまだ若く、これからの活躍を嘱望された新進です。
その彼が選んだ詩は、詩人である谷川俊太郎氏がパウル・クレーの晩年作である「天使」に寄せた「クレーの天使」から。
私はこの画家に以前から惹かれるものを感じていて、谷川俊太郎氏の詩を通してとはいえ、それをどのように作曲するかを知りたくて今回のプログラムに入れました。

 パウル・クレー(1879-1940)。20世紀のスイスの画家であり美術理論家。
音楽一家に生まれた彼は自身ヴァイオリンも相当の腕を持ち、プロ級だと評されました。
妻もピアニストであったこともあって、画題には音楽用語も用いられています。
幼い頃から音楽と絵画、文学に興味を持ち、迷った末に絵画の道を進むことを選び、ミュンヘンの美術学校で学びます。
ただ、彼が生きた時代が両世界大戦の只中にあったことが色濃く作品に影を落とすことになりました。
しかしながら彼の絵は未曾有(みぞう)の無垢な心を覗かせるものがあって、それが私を強く惹き付けます。
晩年に書かれた「天使」シリーズはその中でも珠玉の絵で、貧困、亡命生活、そして原因不明の難病である皮膚硬化症発症の中で描かれています。
彼は言います。「この世では私は理解されない。いまだ生をうけてないものや、死者のもとに私がいるからだ。
創造の魂に普通よりも近付いているからだ。
だが、それほど近付いたわけでもあるまい」と。

 絵はシンプルな線で描かれ、どこかユーモラスな表情も見せています。
また戸惑い、深く悩み、沈んでいる表情もあって、底知れぬ深さを感じさせるものです。
今回演奏した作品は「鈴をつけた天使」と題された混声合唱曲です。
若い作曲家がこの絵に魅了されて書いた作品。
谷川俊太郎の詩を通しての印象とはいえ、その絵と詩に触発されて作曲されたものです。
それを、どう解釈し楽譜を音楽化するか、それはなかなか遣り甲斐のある仕事でした。
演奏会当日、作曲家は謙虚ながら自作に対する自信と愛情を覗かせながら、「私のイメージした演奏だった」と評されました。
彼が楽譜に書いた言葉です。

 「暗い闇の中から力強く何かをつかもうと手を伸ばす天使。
天使は私のために泣いている、そう思うことだけが慰めだった。
元気な天使、弱り切った力ない羽ばたきの天使。
プレゼントをもらった嬉しそうな天使がこの曲を聴く聴衆を優しく包み、小さな喜びが生まれますように。〈鈴をつけた天使〉は鈴を鳴らしながら力強い足取りで歩いています。
作品の最後、さびしさもきえなかったけれど、よろこびもまたきえさりはしなかった、と希望溢れる言葉で締めくくります」。

 気持ちの良い演奏会となりました。
聴衆の温かい拍手も印象に残ります。
演奏した「名古屋ビクトリア合唱団」の名演も光ります。
改めて思います。新人を発掘、そしてサポートしていくことも大事なことなのだと。





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