八重山日報コラム

「音楽旅歩き」No.221


【掲載:2023/09/24(日)】

音楽旅歩き 第221回

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者  当間修一

【「痴漢」行為を許すまじ!偏見と差別への思考を!】

 前回に続き、「痴漢考」を続けます。実はこれは深い社会構造に関わる問題であるのだと解ります。
「痴漢」、中には女性が男性に対しても行うことがある、と言う人もいるかもしれませんが
(私は有るとは考えにくい。これは男性が思っていることかもしれないですね)、
圧倒的に犯罪的であり、差別であり、人権的に許しがたい「痴漢行為」は男性から女性への行動です。
徹底的に男たちが作ってきた歴史に学び、構造と平等に関する視点を持って考えなくてはならないと思っています。

 真に「男」が正さなければならない問題。
しかし、敢えて女性からの批判を覚悟して教えて欲しいことがあります。「女性側が男を誘ってはいませんか?」と
。 女性たちがおっしゃりたいことは、「私たちはファッションとして、楽しみとして女性の喜びを追求しているだけなのに、
それに対して狡猾な、あるいは暴力的痴漢行為に至る男性が悪い!」と。
当然です。どんな言い訳もできない悪質な行為である!それが結論。自明です。
しかし、教えて欲しいのです。少なくとも私は。
化粧をされるのは?肌を必要以上に見せるファッションは?
それを場所を考慮せずお召しになるのは?
(書いていて気付いたのですが、「お召し」の古い意味は〈見るために呼び出す、呼び寄せるの尊敬語〉ですね)。
男性を意識しての、見せるためのものではないのか。
これもお叱りを受けるかもしれませんが、同性への対抗意識としての行為でもありませんか?と。

 化粧無しではダメですか?お間違いのないように。肌のケアーは必要です。(実は私もケアーのため化粧水等を使用しています)
肌を顕わにし、体の線を強調する衣服でなく、清潔で人としての感性豊かな、個性的な服装ではダメですか?
女性がきりっとし、独立した社会人としての存在感を持ち得れば、いわゆる凶暴的でない「痴漢」はなくなっていくと思う私です。
男として言えば、男が持つ動物的「性」だけでなく、社会における競争世界で起こる様々なストレスも要因である可能性があります。
この社会での強者と弱者の関係も考慮しなければなりません。
犯罪である「痴漢」を断罪とするだけでは根本的な解決は望めないと思う私です。

 政府の組閣が改まりましたね。女性への好感を目的とした配置とも受け取られています(選ばれた人の中には負の驚きも)。
女性をリスペクト、真の意味での適正なバランスではないその証拠に、副大臣、政務次官、
計54人全てが男性である、と報じるメディアもあります。
理想はやはり人数配分が半々になることでしょう。いやそれはそうならなければいけないでしょう。
女性の意見がもっと多く、政策のトップで反映されるべきだと思います。
女と男の駆け引き。ワクワクします。
しかし、それが権力闘争の中で起こる〈おもねる人=へつらう人〉〈かしずく人〉を生み出すような関係は排すべき。
男女が(この言葉にも抵抗を覚えます。男が先、女は後、なんですね)、
性の特性を尊重し、互いに協力する世界にすべきです!





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