八重山日報コラム

「音楽旅歩き」No.260


【掲載:2025-11-02 (日)】

音楽旅歩き 第260回

「大阪コレギウム・ムジクム」主宰 指揮者  當間修一

【会話を沢山楽しみましょう。そのためには少しばかりのコツと訓練が必要です】

 私の周りだけでしょうか、若い人たちと喋ると幾つかの事に戸惑います。
まず、彼らは無口です。意見を率先して言わない。
かと言って意見を持っていないわけでは無いようです。また周りを気にして言わないでいる風にも見えません。こちらから先に意見を言うまで待っているようです。しかし意見を言っても関心のある言葉に出会うまで無表情。その言葉を探してあげなければなりません。出来るだけこちらから近づいていかないと、会話にもなりません。
そして言葉が見つかったとしても、話の内容に沿わない自論を展開する。こちらは「その話ではないのに・・・・・・」です。
基本、彼らは相手の言っている事を想像力を働かさないで聴いているようです。会話には「想像する」ことが大切な要素なのに、です。こうなると会話が成り立ちません。会話によるキャッチボールができません。この場、極めて難儀な空気感です。
 昔、東大の有名な先生が学生と会話が成り立たないので辞める、と決断された事がありました。少し気持ちが解ります。
彼らは率先して意見を言わないのは何故なんだろう、と本当に悩みます。
理解することに熱心では無い。関心が薄い。そして情報が少なく範囲も狭い、つまり沢山の知識が無い。
事実かどうか疑問があってもそれを問いかけたり、追及しようとする熱量が足りない。
一時、やっとの思いで糸口を見つけて会話が始まっても、その先へ進むにはまた同じような過程が必要となる。これってとても疲れることで、そのうち何が話したかったのかさえおぼろげになる。これはとても非効率的です。
 解決するには根気強く会話するしかないのですが、そのためには相手が遠ざからないように、逃げないように、関心を途切れさせないように辛抱強く、丹念に、会話を続けなくてはなりません。
彼らには〈できるだけ関わらないように〉という思いがあるのでしょうか。傷つきたくない、不利益は避けるという思い。そういった保身を続けるとこれまで人類が歩んできた〈進歩〉から遠ざかることになるとは考えられないのでしょうか。
人類はコミュニケーションで生きてこられた。アプローチすることで進歩があった。
彼らには〈幼い頃から成功した経験がない。アドバイスしてくれる人との出会いがない〉ということなのかもしれません。ですからアプローチする手段がわからない。そして〈勇気〉も出ない。
〈勇気〉は学習するものです。経験を積み重ねて覚えていくものです。
人間行き着くところ、共に生きる人間として信頼関係をつくらなければならない。それは対話であり、会話による訓練の結果です。信頼を得る会話をしましょう。会話のできる社会を築きましょう。思い込みに走らず、急がず、じっくりと時間をかけて信頼への道を歩む。
我が国はこの「会話」が苦手な国民性をもっていると思います。これは我が国特有のものかもしれません。今の政治を観ていてそう思います。
会話の練習を幼い頃から学習させましょう。それは拙い会話しかできない大人の責任でも有ります!





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